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プロローグ


挿絵(By みてみん)




霧が峰を越え、風の奔流が大地を吹き抜ける先に、雷の大陸――エレトゥスがある。


その大地は雷鳴と共に目覚め、天光を裂く稲妻に彩られながら、太古より霊素の息吹を抱き続けてきた。人々はこの地を畏れ、そして敬ってきた。なぜならエレトゥスには、七大陸すべてを貫く世界霊素のなかでも最も繊細で最も扱いの難しい“雷霊素”が流れていたからだ。


霊素は、この世界の生命と技術を媒介する不可視の網である。風が吹き渡り、海が巡り、火が燃え盛り、岩がそびえる。それらすべての背後で、霊素は静かに循環し続けている。しかし他の大陸に比べ、エレトゥス大陸を貫く地脈に流れる霊素は、雷属性の濃度と周波数が突出して高く、そこに触れた者や機構は、他では得難いエネルギー効率と情報伝達性を得ることができた。ゆえにエレトゥスは、古くから魔導立国として、あるいは兵装技術の研究地として名を馳せてきたのである。


歴史の古文書を紐解けば、かつてこの地には複数の小王国が割拠し、相互に技術と霊素利用法を競い合っていたことが記されている。雷の大陸の力は、戦争を終わらせる兵器でもなければ、奇跡の治癒でもない。むしろ、それは情報としての霊素をどのように“設計し、制御するか”という文明的命題を人々の前に突きつけた。その解答こそが、やがてエレトゥスをして“冷たい叡智の地”たらしめたのである。


やがて連合国が成立する頃には、小王国たちは一つの連邦的統治機構に吸収され、政治的統合が進んだ。しかし、技術的な統合は容易ではなかった。霊素技術は国ごとに異なる解釈と実装があり、ある者は都市防衛に、ある者は経済回廊に、またある者は生体適応学へと発展させていた。連合はそれらを束ねつつ、共通の指針を模索した。その果てに成立したのが、雷導網らいどうもうと呼ばれる大脈ネットワークであり、霊素を動力・情報・認識基盤として都市機能へ組み込む思想である。


そしてその象徴の中心に建てられたもの、――それこそが、“機械都市エレクトロニア”だった。


この都市は雷導連合国の象徴にして、雷霊素文明の中枢神経である。地殻深部の“主導脈”と呼ばれる霊素流の交差点に建てられたこの巨大都市は、霊素の生成・抽出・配給・解析のすべてを行う完全自律型都市構造を有している。


都市の心臓部では、地下数百メートルに渡って霊素導管が網のように張り巡らされており、生成・抽出・配給・解析のすべてを自律的に行う巨大霊素炉ヴォルト・コアが稼働し続けている。この炉が送り出す雷霊素のエネルギーは、都市全域はおろか連合国全土へと供給され、都市そのものが“霊素の神経中枢”として機能している。


構造的には、エレクトロニアは厳密に三層に分かれている。


最上層 《スパイア・クラウン》は霊素の制御中枢であり、天を貫く霊素共鳴塔 《グラン・フォーカス》がそびえる。この塔は都市の基準周波を調律し、空中に浮かぶ共鳴リングによって雷霊素の波動を安定化させるとともに、霊素情報の伝達・補正を行う演算中枢でもある。その外壁には絶えず光が流れ、雷のような閃光が稲妻の神経伝達のごとく奔る。その様はまさに、「知性という名の雷」が地上に宿った姿だ。


中環 《リング・アーバン》は市民の生活と技術研究の場である。無数のマナレールが空中を滑り、霊素応用の医療・農業・教育機関が並ぶこの層は、人々の日常と科学の未来が交錯する場所でもある。ここでは、市民と技術者、兵士と研究者、旧世界の理想と新時代の矛盾が入り混じる。


最下層 《アンダーグリッド》では、旧時代の技術遺産と危険霊素帯の管理がひそやかに行われている。ここには暴走した霊素炉の残骸、事故で発生した“歪曲霊素域”、そして封鎖された幻視空間が点在しており、かつて失敗と犠牲の上に築かれたこの都市の「影」が今も息を潜めている。


しかしそれでもなお、エレクトロニアは人類の誇りであった。

それは“霊素を用いて、霊素を超える”という、

かつて神の領域とされた情報と進化を、人間の手で制御しようという挑戦の結晶だったからだ。

霊素とはエネルギーであり、記憶であり、そして魂である。

それを解析し、操作し、戦術に転化するという行為そのものがこの都市の存在理由であり、宿命でもあった。


だが雷の光が強ければ強いほど、影もまた深くなる。

エレクトロニアでは現在、国家規模の技術実験である《雷導兵計画》が進行中である。

これは選抜された者に霊素適応処理を施し、戦闘力と情報処理能力を飛躍的に強化することを目的とした人造進化計画である。適応に成功した者は“雷導兵”として、通常の兵士を遥かに凌ぐ力を得る。


計画には深刻な副作用と倫理的問題が付きまとう。

霊素への過剰適応による精神不安定、記憶の混濁、身体の異形化――

中には制御不能に陥り、抑制収容すら困難な“霊素暴走体”として隔離される者も出始めていた。


都市内部では、計画推進派と倫理反対派の対立が激化し、

「雷霊素は神の意志に触れるものではない」とする保守派信仰勢力が地下で静かに抗議活動を拡大している。

文明の光がまばゆく輝くほど、その影は形を変えて広がっていた。


エレトゥス大陸の歴史を語る上で、雷導兵計画はもはや無視できない潮流となった。霊素という不可視の要素を人為的に設計する試みは、単に兵士を強化するだけではない。霊素と意識、記憶と身体をどのように結びつけるのかという、人類の根源的な問いに触れるプロジェクトでもあった。その実験場として選ばれたのがこの機械都市エレクトロニアであり、都市全体が一つの巨大な実験フィールドとして稼働しつづけていた。


連合国の他大陸側からは、エレクトロニアの動向を常に監視する目が向けられている。あらゆる条約の下で表面的な秩序は保たれているものの、霊素技術の発展速度と都市機能の自律化は、管理社会としての均衡を脆弱にする可能性を秘めている。静かなる繁栄の中に潜む影は、いつか大陸全体を揺るがす何かを孕んでいるのかもしれない。



雷の大陸と称されるエレトゥス、その中心に屹立する機械都市エレクトロニアと――都市の天頂に聳える《雷導塔》。


その姿はまるで、天空を貫く雷――

一瞬にして世界を切り裂く閃光のように、誰にも捉えきれず、しかし確かにそこにある存在。


霧が峰の風が再び吹き抜けるとき、都市の深奥に眠る《共鳴核》が目覚めるかもしれない。

雷導技術の本質は、破壊ではなく“再構築”だ。すべてを一度壊し、そこから新たな秩序を築く意志の具現。

だがその意志が、人類の未来を照らす光となるか、制御不能な嵐と化すかは、誰にもわからない。


一つだけ、確かなことがある。

エレクトロニア――この都市こそが今、世界の未来を決定づける“焦点”であるということ。

雷の鳴らぬ日はない。ならば、それが次に落ちるのは、どの空の下か。

世界は今、その問いの前に沈黙している。

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