アルザリオス大記 〈 I 〉
アルザリオス大記 第一部
――終焉戦役後世界の成立と、七極均衡体制の胎動――
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【序文】
本書は、終焉戦役終結後およそ七年を経た現在において、アルザリオス世界がいかなる変遷を辿り、いかなる不均衡を内包したまま次代へ移行しつつあるのかを記録するものである。
神々は沈黙し、
英雄は歴史へと封じ込められ、
国家は「勝利」よりも「維持」を優先する時代へと入った。
人類史において、これは再生の時代であると同時に、
管理と均衡によって自由が再定義される時代の始まりでもあった。
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◾️終焉戦役の実像
――文明臨界における多重崩壊事象の記録――
終焉戦役は、公式記録上においては
「魔神族による侵攻と、それに対する世界連合軍の最終的勝利」
として簡潔に定義されている。
しかし、この定義は歴史的にも、構造的にも不十分である。
なぜなら終焉戦役とは、
単一の敵対勢力との戦争ではなく、世界そのものが内外から同時に崩壊へ向かった“複合破綻事象”
だったからである。
まず表層に現れたのは、魔神族の侵攻だった。
それは従来の戦争概念では捉えきれない現象であり、
軍事力や防衛線の突破ではなく、
時間・因果・認識といった“世界の前提条件”そのものを侵食する災厄だった。
同時期、神々は沈黙した。
これは単なる信仰的空白ではない。
七神が担っていた「理の収束機能」が失われたことで、
理の層界は急速に不安定化し、
属性断層・魔導循環の逆流・霊素臨界現象が各地で頻発するようになった。
つまり世界は、
外部から破壊されていたのではなく、内部から支えを失っていたのである。
さらに事態を悪化させたのが、
大陸国家間における軍事的疑心暗鬼と武装競争だった。
神々の沈黙は、
「もはや誰も世界の均衡を保証しない」という事実を意味していた。
各国は防衛ではなく、生存を目的として行動を開始し、
魔導兵器、禁忌研究、霊素兵装の開発を加速させた。
とりわけルミナス聖皇国による大陸横断軍事行動は、
魔神族への対処という名目のもと、
実質的には世界魔導網の要衝を掌握する動きであり、
結果として戦域を拡大させ、各国の対立を決定的なものにした。
この時点で、終焉戦役はもはや
「魔神族 vs 人類」の構図ではなかった。
魔神族の侵攻。
神々の不在。
国家間の不信と武装。
文明維持システムの破綻。
これらすべてが同時並行で進行し、
世界は“どこかが崩れれば、全体が連鎖的に瓦解する”
文明的臨界点へと到達していた。
確かに、戦役は終結した。
だがそれは、いずれかの国家が完全勝利を収めた結果ではない。
魔神族は完全に滅びたわけではなく、
神々もまた帰還していない。
国家間の対立も解消されたとは言い難い。
それでも戦いが止まった理由は、
各大陸が共通の結論に到達したからである。
――これ以上続ければ、世界そのものが壊れる。
この認識は、
英雄の勝利によってもたらされたものではなく、
数え切れぬ犠牲、破壊された都市、消失した歴史、
そして誰の手にも負えなくなった現実を前にした
恐怖と疲弊の集積によって導かれた。
ゆえに、終焉戦役の終結とは、
輝かしい勝利宣言ではなく、
「これ以上、世界を壊すことを選ばない」という
消極的だが、不可避の選択だった。
それは剣による決着ではなく、
理性と絶望が辛うじて保った停止線であり、
文明が自壊を免れるために踏みとどまった、
最後の妥協点であったと言える。
そして忘れてはならないのは、
この停戦が“解決”ではないという事実である。
終焉戦役は終わったが、
世界は未だ再構築の途上にあり、
その均衡は、ひとりの零位種――
ゼン・アルヴァリードという“器”の存在によって
かろうじて維持されているに過ぎない。
終焉戦役とは、過去の出来事ではない。
それは今なお、世界の構造そのものに刻まれ続けている
未完の災厄なのである。
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◾️七極均衡条約と、新世界秩序の成立
――神なき時代に結ばれた、沈黙の契約――
終焉戦役が終結した翌年、
七大陸すべての代表国家が一堂に会し、
前例のない包括的国際条約が締結された。
それが、七極均衡条約である。
この条約は公式文書において、
「神々の沈黙以降における、人類文明の自律と共存を保証する枠組み」
と定義された。
だが、その成立過程と条文構造を精査すれば明らかなように、七極均衡条約は理想主義の産物ではない。
それは、恐怖・不信・疲弊の果てに生み出された、極めて現実的な防衛装置であった。
世界はすでに理解していたのだ。
神々は介入しない。
だが人類は、放置すれば必ず再び争う、という事実を。
◆ 第一条項:大陸間戦争の恒久的抑止
条約の中核を成すのが、
大陸間における軍事行動の厳格な制限である。
特に明文化されたのが、
宗教・神託・神意を根拠とする軍事行動の全面禁止だった。
この条項は、明確な歴史的反省に基づいている。
かつてルミナス聖皇国は、「光の神ルミナの正義」を掲げ、各大陸へ使徒と軍団を派遣した。
名目は秩序の回復。
実態は介入であり、侵攻であり、支配であった。
結果として引き起こされたのが、
大陸横断戦争と魔神族の再覚醒、
そして終焉戦役という世界規模の破局である。
七極均衡条約は、この行為を直接的に糾弾する文言こそ避けている。
だがその文面構造は明白だった。
「神の名を用いた正義は、二度と認めない」
この条項は、ルミナス聖皇国に対する他大陸の根深い不信を封じ込めるための、最低限の安全弁でもあった。
同時にそれは、
「信仰そのものを否定しない代わりに、
それを武器として使う権利を国家から剥奪する」
という、極めて強い政治的宣言でもあった。
◆ 第二条項:属性技術の管理と軍事転用の制限
七極均衡条約は、文明基盤そのものに踏み込んだ点で過去の条約とは一線を画す。
それが、属性魔導技術の管理条項である。
火・水・雷・風・岩・闇・光。
七属性は、アルザリオス文明の発展を支えてきた根幹技術であり、
同時に、制御を失えば即座に大量破壊へと転じ得る危険要素でもあった。
特に終焉戦役中に顕在化したのが、雷属性を中核とする魔導兵器体系の脅威である。
エレトゥス大陸で開発された雷導兵装は、個人の技量を無意味化し、戦場の均衡を瞬時に崩壊させた。
この記憶は、七大陸の首脳部に強烈な恐怖として刻み込まれている。
そのため条約では、属性技術の研究目的を防衛・生活基盤・治療・インフラ維持に限定し、攻撃的転用を明確に禁じた。
だがこの条項が理念と現実の乖離を孕んでいることは、締結時点ですでに全関係者が理解していた。
どの大陸も、完全な軍事放棄など不可能であることを知っていたからだ。
実際、各国は現在に至るまで
条文解釈・研究分類・名目変更といった手法を用い、事実上の軍事研究を継続している。
そして、その条文運用において最も巧妙であるのが、ルミナス聖皇国であった。
行政院・枢機院・神聖魔導兵団の一部が連携し、研究成果を「防衛補助」「安定化技術」「災害対策」として分類することで、実質的な軍事優位を保持し続けている。
七極均衡条約は、戦争を止める条約ではない。
戦争を“見えなくする”ための条約なのである。
◆ 第三条項:王家間の均衡婚姻制度
七極均衡条約の中で、最も静かに、そして確実に世界を縛っているのが均衡婚姻制度である。
この制度は王族同士の婚姻を奨励し、血縁関係と利害関係を複雑に絡めることで、国家間対立の発火点を消失させることを目的としていた。
理念上は平和的。
だが実態は、王族個人の人生を国家戦略に組み込む制度である。
婚姻は愛ではなく、航路・資源・軍事圧力・経済圏を束ねるための装置となった。
この制度によって、戦争は起こりにくくなった。
だが同時に、王族という存在は「選択権を持たない均衡装置」へと変質していった。
後に第七王女フェルミナの婚約問題が、帝国内外に大きな波紋を広げることになるが、その緊張と悲劇は偶然ではない。
それは七極均衡条約が成立した瞬間から、構造的に予定されていた帰結だったのである。
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◾️エレトゥス大陸と兵器国家の変質
――雷が沈黙したのではない。形を変えただけだ――
七極均衡体制下において、
各大陸の首脳部と情報機関が共通して警戒対象として挙げ続けている存在――
それが、エレトゥス大陸である。
雷属性を文明基盤の中核に据えるこの大陸は、
終焉戦役において世界に決定的な衝撃を与えた。
それは英雄や神話的存在による戦果ではない。
体系化された兵器生産能力そのものが、戦場の在り方を変質させたのである。
◆ 雷属性魔導という軍事的特異点
雷属性魔導が軍事利用において突出した危険性を持つ理由は、単なる技術力や破壊力ではない。
第一に、即応性。
雷導術式は詠唱・展開時間が極端に短く、
指揮命令から発動までの遅延がほぼ存在しない。
第二に、制御性。
出力調整が容易であり、
非殺傷・制圧・殲滅を同一系統技術で切り替えられる。
第三に、エネルギー転換効率。
外部魔力、自然放電、地磁流、都市魔導網――
あらゆるエネルギー源を即座に兵装へ接続できる。
この三点により、
雷属性魔導は「戦闘技量」や「勇猛さ」を不要にした。
終焉戦役において、
エレトゥスの雷導兵器は“数・経験・士気”といった従来の戦争要素を無意味化し、戦場を数値と演算の領域へと引きずり込んだ。
それは他大陸にとって魔神族以上に理解不能で、恐ろしい光景だった。
◆ 戦後処理としての「兵器凍結」
戦役終結後、エレトゥス大陸は公式声明として、雷導兵器開発の全面凍結を宣言する。
工廠の閉鎖。
兵器設計書の封印。
雷導軍団の解体。
これらはすべて事実であり、条文上も七極均衡条約を遵守している。
だが問題はその後だった。
エレトゥスは兵器を捨てなかった。
ただ、兵器という言葉を捨てたのである。
◆ 名目の転換と技術の深化
雷導技術は、次の三分野へと再定義された。
・都市防衛用の即応防壁
・災害制御用エネルギー偏向装置
・高度化した都市基盤魔導網
いずれも条約上は合法であり、
生活インフラ・公共安全・防災の名目で正当化された。
だが実態は明白だった。
都市全体が、
常時稼働状態の雷導システムに包まれ、
いつでも軍事転用可能な構造を持っていたのである。
兵器は解体されたのではない。
都市と文明そのものに溶け込んだのだ。
この変質は、
七極均衡体制が想定していた「軍縮」とは根本的に異なる。
エレトゥスは、
戦争を放棄したのではない。
戦争を、平時の構造に内蔵した国家へと進化したのである。
◆ 他大陸の不信と、沈黙の監視網
この姿勢は、他大陸諸国に強烈な不信を抱かせた。
特に深刻なのがルミナス聖皇国との関係である。
表向き両国は協調的だ。
外交儀礼は整い、条約遵守も確認されている。
だが水面下では、
相互監視と情報戦が常態化している。
・雷導網の出力変動
・都市基盤魔導の更新頻度
・研究機関の人員移動
・資源輸入量の微細な変化
それらはすべて、
「次の戦争準備ではないか」という疑念のもとに解析されている。
ルミナス側にとって、
エレトゥスはかつての自分自身を映す鏡でもあった。
正義や理念を掲げず、
ただ合理性と安全を理由に力を蓄える姿。
それは、かつて「光の名のもとに」暴走した帝国の別の完成形に見えてならなかった。
◆ 兵器国家は、終わったのか
エレトゥス大陸は、
もはや「兵器国家」ではない。
だがそれは、
“兵器国家”でなくなったという意味ではない。
兵器という概念そのものを更新した国家なのである。
七極均衡体制は、
表面的には成功している。
戦争は起きていない。
大陸間衝突も抑制されている。
だがその均衡は、
常時武装された平和の上に成り立っている。
雷は沈黙したわけではない。
ただ、都市の奥深くでいつでも走れるよう、蓄えられているだけなのだ。
そしてその事実こそが、七極均衡体制という新世界秩序の最も危うい綻びであった。
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◾️ルミナス聖皇国の「敗者としての繁栄」
――勝利を許されなかった国家の自己改造――
終焉戦役後、世界秩序の再編において、ルミナス聖皇国は表面的には疑いようのない「最大の勝者」として認識された。
魔神族討滅における中核的役割。
戦後混乱期における物流・行政・教育網の迅速な復旧。
魔導医療、法制度、学術体系の再編成。
文明の再起に必要な要素の多くを、ルミナスはすでに保有していた。
だがこの評価はあくまで「結果のみ」を見たものに過ぎない。
政治的・思想的文脈において、ルミナスは決して「勝者」として扱われることを許されなかった。
◆ 戦争を終わらせた国であり、始めた国でもある
ルミナス聖皇国が背負った最大の矛盾は、終焉戦役の終結者であると同時にその前史における最大の加害者でもあったという点にある。
先帝セント=ルクレティア六世による大陸横断介入。
「神の名のもとに争いを終わらせる」という理念。
使徒と軍団を各大陸へ送り込む聖戦政策。
それは結果として世界規模の軍事動員と技術競争を誘発し、魔神族復活と終焉戦役への道を開いた。
七極均衡条約において、宗教的正義を掲げた戦争行為が明確に禁止されたのは、歴史的反省というより、名指しに近い形でのルミナス批判であった。
つまりルミナスは世界を救う力を持っていたが、同時に世界を危機に追い込んだ国でもあった。
この事実は、
どれほど復興に貢献しようとも、
どれほど秩序を整えようとも、
消えることはなかった。
◆ 「中心であること」と「信用されないこと」
終焉戦役後の新秩序において、
ルミナスは不可欠な存在だった。
・共通法体系の整備
・国際学術基準の策定
・物流回廊と通貨基盤の再構築
・条約監視機構の事務局機能
これらの多くを担えたのは、ルミナス以外に選択肢がなかったからである。
だが同時に、その中心性こそが最大の警戒対象となった。
他大陸にとってルミナスは、
「秩序を作れる国」であると同時に、
「秩序を独占し得る国」だった。
光の神ルミナを戴く宗教国家。
教育と法と信仰が一体化した体制。
人の倫理にまで介入できる思想装置。
それは、再び暴走すれば世界を統一できてしまう構造を意味していた。
ゆえにルミナスは、
中心であることを求められながら、
決して主導権を握ることを許されないという、
極めて不安定な立場に置かれた。
◆ 勝者であることを禁じられた国家戦略
この矛盾に対し、ルミナス聖皇国が選択したのは「勝者であることを自ら放棄する」という国家戦略だった。
英雄は政治から切り離される。
神話は再編され、個人名は歴史の陰に追いやられる。
危険性を孕む存在は、排除ではなく隔離と管理の対象となる。
ゼン・アルヴァリードが英雄でありながら隠遁を許され、同時に監視対象とされたのは偶然ではない。
彼は「使える英雄」ではなく、「再び象徴になり得る存在」だった。
象徴は、力よりも恐ろしい。
だからこそ英雄は称えられながら、政治からは排除された。
◆ 婚姻外交という「不可逆の拘束」
王族婚姻が外交の中核に据えられたのも、この文脈にある。
七極均衡体制下においてルミナスが選べる唯一の信頼獲得手段は、自らの自由を差し出すことだった。
王族の婚姻は、単なる同盟ではない。
「この国は勝ち続けない」
「一方的な覇権を選ばない」
という意思表示であり、
同時に取り消し不能な人質でもある。
第七王女フェルミナの婚約は、その象徴的事例の一つに過ぎない。
個人の幸福よりも、国家が再び疑われないことを優先する。
それがルミナスが選ばざるを得なかった道だった。
◆ 光が影を必要とする時代へ
こうしてルミナス聖皇国は、奇妙な繁栄を遂げる。
経済は回る。
教育水準は高い。
文化は洗練され、都市は輝く。
だがその輝きは、
常に影とセットで管理されている。
・監視
・隔離
・観測
・制御
それらは弾圧ではなく、
「平和を維持するための合理性」として正当化される。
ルミナスは敗者ではない。だが勝者でもない。
勝つことを禁じられ、
負けることも許されず、
ただ秩序を支え続ける役割を背負った国家。
それが、終焉戦役後の世界におけるルミナス聖皇国の正体だった。
光はもはや純粋ではいられない。
影を抱え込むことでしか、世界を照らせない時代が始まっていた。
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◾️七極均衡体制の内実――平和は誰のためにあるのか
七極均衡条約は、締結当初こそ
「神々なき時代における人類の新たな平和憲章」
「終焉戦役を乗り越えた文明の到達点」
として喧伝された。
だが条約本文を精査し、実際の運用を追えば明らかになる。
この体制は戦争を否定するための理想論ではない。
戦争を起こす能力を、相互に拘束し合うための現実的枠組みであった。
それは平和思想ではなく、
「戦争を起こせる余力を、誰がどこまで保持するか」という
極めて冷徹な力の配分調整に他ならない。
◆ 抑止としての均衡――戦争は「禁止」されたのではない
七極均衡体制の根幹にあるのは、
「戦争を起こしてはならない」という倫理ではない。
「戦争を起こせば、確実に破滅する」という状況を
意図的に作り出すことにある。
各大陸国家は、以下の点で一致した。
・相手の軍事力と研究水準を正確に把握する
・完全な非武装は行わない
・一線を越えた場合、即座に対抗可能な能力を保持する
これは信頼ではない。むしろ不信を前提とした協調である。
かつての宗教戦争や帝国主義戦争では、「自分たちは正しい」という確信が暴走を生んだ。
七極均衡体制は、その反省の上に立つ。
誰もが「自分たちは正しくないかもしれない」と理解したからこそ、互いを縛る鎖を必要とした。
◆ 常時監視社会への移行
この均衡を維持するため、各国が最も力を注いだ分野は軍備削減ではなかった。
情報収集と分析能力の強化である。
・魔導研究の進捗
・人口動態
・資源流通量
・都市魔導網の更新頻度
・教育制度の変化
それらはすべて、「軍事転用の可能性」を測る指標として扱われるようになった。
結果として世界は次第に戦争のない社会ではなく、常に戦争を想定した社会へと変質していく。
戦場は消えたが、戦争準備という概念は日常の奥深くに沈み込んだ。
◆ 均衡は静止ではない
七極均衡体制において、「均衡」とは安定を意味しない。
それはむしろ崩壊寸前の状態を、継続的な調整によって保つ動的な緊張状態である。
一国が技術的優位を得れば、他国は即座に対抗策を模索する。
一地域で災害が起これば、その復興技術が兵器転用されないかが検証される。
平和とは安心できる状態ではなく、常に監視と牽制が行われている状態を指す言葉へと変わった。
◆ 平和は誰のためにあるのか
七極均衡体制は、確かに戦争を抑止している。
だがそれは“すべての人の平和”ではない。
この体制が守っているのは、
・国家の存続
・文明の連続性
・大陸間秩序の安定
であって、個々人の自由や幸福ではない。
平和とは、
「戦争が起きない状態」ではなく、
「戦争を起こさせないために管理される状態」へと再定義された。
その中で、
自由に生きようとする個人、
規格外の存在、
制御不能な意思を持つ者たちは、
次第に「不安定要素」として扱われていく。
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◾️王族という外交資源――血統が意味を変えた時代
終焉戦役以前、王族とは象徴であり、
血統は神話的正統性を担保するものだった。
だが七極均衡体制下において、
王族は明確に国家資源として再定義された。
特に均衡婚姻制度は、
国家間の信頼を「感情」や「条約文」ではなく、
血縁関係という不可逆な結合によって固定する仕組みである。
婚姻はもはや個人の人生ではない。
それは、
・物流路の安定
・軍事的不干渉
・技術交流の抑制
・同盟破棄の心理的障壁
といった要素を同時に束ねる政治装置となった。
この制度において、
王女や王子の意思が考慮されることはほとんどない。
重要なのは、
「結ばれること」そのものではなく、
結ばれているという事実が存在することだった。
この構造の中で、第七王女フェルミナの婚約は決定された。
◆ フェルミナ婚約問題――個人の選択が許されない理由
フェルミナ・ルクレティアの婚約相手として選定されたのは、ネプトラ大陸沿岸部に位置する港湾国家の王統である。
この選定は感情や相性、血統的格付けによるものではない。
七極均衡体制下において最も論理的で、最も安全性の高い選択として導き出された結果だった。
◆ ネプトラ大陸という「非軍事的覇権」
ネプトラ大陸は、七大陸の中でも特異な存在である。
・大規模な常備軍を持たない
・侵攻能力を誇示しない
・だが、世界の海上物流網を完全に掌握している
この大陸の力は、武力ではない。
止める力である。
穀物、薬品、魔導触媒、書籍、希少鉱石――
それらの六割以上が、ネプトラの港湾・海流制御網を経由して流通している。
もしネプトラが中立を放棄し、
航路管理を意図的に遅延・制限すれば、
七大陸すべての経済は数週間で機能不全に陥る。
つまりこの大陸は、
戦争を起こす力を持たない代わりに、
戦争を成立させない力を持っている。
七極均衡体制において、
これ以上に危険で、これ以上に価値のある存在はなかった。
◆ ルミナス聖皇国にとっての最適解
ルミナス聖皇国は、終焉戦役の記憶ゆえに常に「次の覇権国家」になることを警戒されている。
たとえ軍縮を行い条約を遵守していても、かつて大陸横断戦争を主導したという事実は消えない。
そのルミナスがネプトラ大陸と王統婚姻を結ぶ。
これは軍事同盟ではない。
経済同盟ですらない。
世界の循環系そのものと結びつく行為である。
他大陸にとってそれは、
「ルミナスが再び武力で動くなら、世界経済ごと自壊する」
という強力な抑止条件となる。
ゆえにフェルミナの婚姻は、最も穏健で、最も強力で、そして最も非難されにくい外交カードだった。
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◾️ルミナス聖皇国の内側
――光が信仰から制度へ変わるとき――
ルミナス聖皇国は、その成立から一貫して「光の神ルミナの導き」を正統性の根拠としてきた国家である。
建国期における光とは、
人の内面を照らし、善悪を自覚させ、
自律的な倫理を育てるための“理念”だった。
光は、人を縛るものではなく、
人が自ら選び取るための指針であった。
だが――
神々が沈黙した瞬間から、
その性質は決定的に変質していく。
◆ 神の沈黙がもたらした「空白」
神の声が途絶えた後も、
帝国は即座に崩壊しなかった。
それどころか、ルミナス聖皇国は「最も安定した国家」として七大陸から評価されるようになる。
理由は単純だった。
信仰の空白を、
制度と法が完全に埋めたからである。
・神託は、法解釈へ
・教義は、倫理規範へ
・祈りは、義務教育へ
光はもはや、
天から与えられるものではない。
国家が定義し、
行政が配布し、
制度が運用するものとなった。
ここで形成されたのが、
帝国を支配する中核的連鎖である。
◆ 光=秩序、秩序=正義、正義=管理
この三段論法は、
一見すると極めて合理的だ。
秩序は混乱を防ぎ、
正義は秩序を守り、
管理は正義を実行する。
問題は、この連鎖が逆方向に流れ始めた時に発生した。
いつの間にか、
「管理されていない状態」そのものが
悪と見なされるようになったのである。
・未登録の研究
・非公式な集団
・把握されていない能力
・分類不能な存在
それらは、犯罪を犯していなくとも、“危険因子”として扱われる。
光は、
人を導くものではなく、
人を分類し、配置し、監視するための基準へと変わった。
◆ 神聖魔導兵団という制度化された光
この思想の完成形が、神聖魔導兵団である。
彼らは表向き、治安維持と秩序保全を担う精鋭部隊として讃えられている。
市民から見れば、白翼の兵は安心の象徴だ。
だが、その内部任務は根本的に異なる。
彼らの真の役割は、事件が起こる前に「原因」を消すことにある。
・問題を起こした者を裁くのではない
・秩序を乱した者を罰するのでもない
「秩序から外れそうな存在を、
外れる前に回収する」
それが、神聖魔導兵団の実務だった。
ここではもはや、
善悪は問題ではない。
重要なのは、
予測可能かどうか
管理可能かどうか
ただそれだけである。
◆ 正義が「早期介入」へ変わる瞬間
帝国における正義は、もはや裁きではない。
「問題が顕在化する前に介入したのだから、
誰も傷ついていない」
この論理が、すべてを正当化する。
拘束も、
隔離も、
監視も、
再教育も。
それらは暴力ではなく、“社会的調整”と呼ばれる。
この時点で光は完全に制度へと変わった。
誰かを信じるための光ではない。
誰かを疑わずに済むための光である。
◆ 光はまだ、正義なのか
ルミナス聖皇国は、
今なお平和で、豊かで、秩序正しい。
だがその内側では、光はもはや信仰ではない。
それは
・基準であり
・規格であり
・管理装置である。
光はすべてを照らす。
だが同時に、影を「許さない」。
そしてその影とは、悪ではない。
ただ人であるという事実そのものなのだ。
ここに至り、帝国は明確に選択した。
世界を信じる道ではなく、
世界を管理する道を。
その選択が次に何を失わせるのか――
まだ、誰にも分かっていない。
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◾️管理と恐怖の境界線
――均衡体制が生み出した、もう一つの不安定――
七極均衡体制は、表面的にはきわめて成功した秩序である。
終焉戦役以降、世界規模の戦争は起きていない。
大陸間航路は安定し、交易は活性化し、魔導技術と生活インフラは着実に進歩を続けている。
統計上の数値はすべて「成功」を示していた。
戦争死者数は激減し、国家間の武力衝突は条約違反として即座に抑止される。
だがこの均衡は
「何も起きないから成功している」
という性質のものであった。
つまりそれは、危機が未然に排除されるのではなく、危機になり得る要素が最初から排除されている秩序だった。
◆ 「選べない平和」という構造
七極均衡体制の本質は、
自由な選択を奪うことで未来の不確定性を減らす点にある。
国家は理解していた。
争いの原因は、思想や宗教だけではない。
「予測不能な存在」こそが、
最も管理しづらく、最も危険なのだと。
だからこそ均衡体制は、剣や兵器だけでなく、人間の意思そのものを管理対象に含めていった。
王族の婚姻はその典型である。
一人の王女の人生が国家問題になるのは、彼女が特別だからではない。
彼女が「選択を持つ存在」であること自体が、秩序にとって不安定要素だからだ。
婚姻によって選択肢を奪うことは、戦争を防ぐための合理的判断とされた。
だがそれは同時に、個人が自らの人生を選ぶという行為そのものを、政治的リスクとして扱う思想を制度化したことを意味する。
◆ 管理社会が生み出す「静かな恐怖」
均衡体制下の恐怖は、かつての戦争のように血や爆音を伴わない。
それはもっと静かで、日常的だ。
・逸脱しなければ安全
・選ばなければ守られる
・目立たなければ排除されない
人々は学習する。
自由を使わなければ、
自由を奪われることはないのだと。
その結果、社会全体は一見すると安定する。
だがこの安定は、誰もが均衡の内側に留まることを強いられることで成立している。
均衡の外に出る者は敵ではない。
犯罪者ですらない。
ただ「不適合」として処理される。
それは暴力ではなく制度による排除であり、社会的な不可視化である。
◆ 均衡が必要とする「外部」
社会学的に見れば、どの秩序も例外なく「排除される外部」を必要とする。
七極均衡体制も例外ではない。
均衡は、全員を守ることで成立しているのではない。
誰かを均衡の外へ押し出すことで、内側の安定を維持している。
・選択を拒む者
・管理を受け入れない者
・制度の枠を越えて影響を与える者
彼らは破壊者ではない。
だが、均衡にとっては危険因子である。
その存在を認めてしまえば、
秩序は「選択可能」であることを証明してしまうからだ。
◆ 未だ答えの出ない問い
この世界は平和なのか。
それとも破壊を恐れるあまり生まれた別種の停滞なのか。
誰も明確な答えを持たない。
なぜなら均衡体制がつねに機能しているからだ。
だが、英雄が生きるだけで管理対象となり、王女が恋をするだけで国際問題になる世界は、すでに一つの臨界点に近づいている。
均衡は永遠ではない。
管理は完全ではない。
その事実だけが、静かに、確実に、
この世界の底に積み重なっていく。
剣は不要になった。
だが代わりに、
人々は「選ばないこと」を学んだ。
それが本当に平和なのかどうかを、
まだ誰も断言できずにいる。
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◾️新時代の兆し――均衡は、いずれ揺らぐ
――管理された平和が内包する、不可逆の歪み――
歴史とは、制度が崩壊した後に振り返って語られるものではない。
むしろ、後世の歴史家が「この瞬間からすべてが始まっていた」と指摘する、
目立たぬ変化の累積を記録する営みである。
七極均衡条約が成立してから数年。
世界は一見、安定しているように見えた。
大陸間戦争は起きていない。
航路は保たれ、貿易は回復し、各国の首都では復興が進んでいる。
条約は機能している――少なくとも、表層においては。
だが、政治とは常に「表に現れない変数」によって動く。
七極均衡体制が抱え込んだ最大の問題は、
均衡を維持する主体が、人間であるという点にあった。
◆ 均衡体制の本質――力ではなく「管理」
七極均衡条約は、
勢力均衡を目的とした条約ではない。
それは、各国の意思決定そのものを「予測可能な範囲」に押し込めるための管理型国際秩序である。
・軍事行動は事前に察知できる形に限定される
・技術革新は「名目」によって監督される
・王族は婚姻という制度で移動を制限される
これらはすべて、
「突発的な判断」を排除するための仕組みだった。
条約は、人類に問いかけている。
予測不能な意思を持つ存在を、
どこまで許容できるのか?
この問いに対し、七極均衡体制は極めて冷淡な答えを出していた。
◆ 零位種という、制度に存在しない存在
この管理秩序において、
最初から想定外だった存在がある。
零位種――
七属性のいずれにも属さず、
神の体系にも、属性循環にも組み込まれない存在。
ゼン・アルヴァリードは、その最たる例だった。
彼は国家を救った。
だが同時に、国家の理屈が通用しない存在でもあった。
・属性兵器が意味を持たない
・魔導理論が完全に適用できない
・宗教的権威が作用しない
これは英雄だから危険なのではない。
管理できないから危険なのである。
七極均衡体制は、
力を恐れてはいない。
恐れているのは、
「測定できない変数」だ。
零位種の存在は、
条約そのものの前提――
「世界は予測可能である」という幻想を静かに侵食していた。
◆ 自律兵器と観測社会――人を信じない政治
終焉戦役以降、
各国で加速しているのが、
自律的判断を行う兵器・術式・管理機構の研究である。
人の判断は遅い。
感情に左右される。
裏切る。
その反省が、国家を「人を介さない意思決定」へと向かわせている。
・自律魔導兵
・観測特化型魔獣
・条件反射型防衛結界
これらはすべて、
「人が決断する前に、結果を固定する」ための装置だ。
七極均衡体制は戦争を止めるために始まった。
だがその過程で、人間そのものを信用しない政治へと傾斜しつつある。
◆ 均衡が崩れるとき
均衡は、まだ保たれている。
条約は有効だ。
秩序は維持されている。
世界は今日も回っている。
だが、歴史が示してきた通り、
均衡が崩れる瞬間は、必ず「正しかったはずの選択」の延長線上に訪れる。
零位種の存在。
王女の選択。
自律兵器の台頭。
それらはまだ、世界を破壊してはいない。
だが確実に、世界の前提を書き換えつつある。
管理された平和の次に来るものが、
より良い世界なのか、
それとも――
人間の意思が不要とされる、新たな支配なのか。
この時点では、
誰にも断言できなかった。
ただ一つ確かなのは、
均衡は完成した瞬間から、すでに過去のものになり始めているという事実だけである。
◆ 例外という名の歪み――均衡体制が抱えた致命的欠陥
七極均衡体制は、理論上は完成された秩序であった。
各大陸は互いを抑止し、
突出した軍事力や思想が再び世界を焼くことを防ぐ。
だが、この体制には決定的な前提があった。
それは――
「世界は、管理可能である」という思想である。
均衡体制は、国家・軍事・研究・外交といった
集団単位の行動を制御することには成功避けた。
しかし個人という変数だけは、完全には排除できなかった。
・英雄として世界を救った者
・王族でありながら役割を拒んだ者
・制度の外側で力を持つ者
彼らは例外であり、
例外は制度にとって「誤差」である。
だが誤差が一定数を超えたとき、
それはもはや無視できない歪みとなる。
英雄が世界を救うわけでもなく、
王女が帝国を変えるわけでもない。
だが彼らが「選び続ける存在」である限り、世界は完全に管理されることを拒み続ける。
歴史とは制度の記録ではない。
制度に抗い、あるいはその隙間で生きようとした人間たちの痕跡である。
そしてこの物語が示すのは、
均衡の時代が終わる瞬間ではなく、均衡が問い直され始めた時代の記録にほかならない。
ここに記すは、
終わりではなく、始まりである。
アルザリオス大記〈第一部〉・了。




