第19話 結果的には
「今日も一日ご苦労だったな、ライル。あとは片付けとくからゆっくり休め」
「いいんスか!? でもまだ皿洗いだって……」
「いいから休め。明日は明日で忙しくなるんだ。休めるうちに休んでおけ」
食材の調達は順調で、仕込みもある程度捌けてはいる。最初のうちは要領が掴めなかったが、最近は少しずつスケジュールを逆算して考えられるようになった。
予約制度を導入する前はどれだけの人数が来るのかもわからなかったし、そもそも必要以上の食材を準備する時間も計画もなかった。
結果的に最初の頃よりも客足は増えているが、予約制にしたおかげで1日の量をきっちりと計算できるようになったのは、不幸中の幸いといったところだろう。
忙しいには忙しいが、計画性のない忙しさよりもずいぶんと気持ちが楽になったことも事実。……まあ、そもそも忙しいということ自体が想定外すぎるがな。
さて、ある程度片もついたし――あいつらを呼ぶとするか。
俺は厨房裏から道具を取り出し、庭先にある焚き火スペースを整える。
持ち出すのは、鍋。いや、正確には“戦鍋”と呼ばれていたものだ。
もとは戦地で使われていた頑丈な鋳鉄製の大鍋で、火力に強く、多少の魔力暴発にも耐える。戦時中はこれで兵士たちに汁物や雑炊、粥を振る舞っていた。
ただ、うちではもう少し工夫を加えている。
鶏ガルーダの出汁に、干し肉の薄切り、刻んだ焦香芋、ミラクリ茸、冷蔵庫に余っていた野菜類、そして炊き上げた星粒米を少量――
すべてをぐつぐつと煮込み、火香草で香りを整える。
こいつは腹に優しく、栄養もあって、何より“戦の夜”を思い出す味だ。
それなりに量もあるし、空賊どもに食わせるにはちょうどいいだろう。
「おーい、カイ! 火を起こしてる。食うなら今だ」
しばらくして、木々の向こうから「よっしゃああああ!」という叫び声が響いた。なんだそのテンションは。
地響きのような足音とともに、カイを筆頭に空賊たちがぞろぞろと現れる。全員が焚き火を見た瞬間に目の色を変えていた。
「これは……!」
「メシの匂いだッ……!」
「親父が……俺たちのために!?」
「黙れ、別にお前らのためじゃねぇ。余った食材の整理だ」
「それでもッ……それでも嬉しいッ!!」
何人かが感極まって涙を浮かべていた。……こいつら、本当に戦場上がりか?
「“戦鍋”じゃねぇか……! 懐かしすぎんだろこれ……!」
そう呟いたのは、カイの副官と思しき角の折れた赤髪の竜人。渋い顔つきだが、鍋を見た瞬間に頬が緩んでいた。
「昔、カイ姐にぶん殴られた後でこれ出されたっけなぁ……。味と拳がダブルで沁みた夜だった……」
「うるせぇ、殴られたのはお前が勝手に火薬庫爆発させたからだろうが」
「お、おう……」
他にも、「傷癒えかけの時にこれ食って泣いた」とか、「吐いた後に胃が落ち着いたのがこれだった」とか、やたらと胃腸系エピソードが多い。
まあ、それだけ消耗時にも優しいってことだ。
「ゼーン、お前が作る戦鍋はやっぱ格が違うな……うめぇ……沁みる……」
カイがうっとりとした顔でスープをすする。その姿に俺はため息をつきつつも――悪くはなかった。
「当時は“食えればいい”ってもんだったが、今こうして味に集中できるってのも贅沢な話だな」
「静かな戦場ってやつだな」
「……それは戦場じゃなくて、ただの生活だ」
木々の隙間から月がのぞき、焚き火の炎がゆらゆらと揺れていた。
灰庵亭の庭先で、まるで戦場の幕営のような輪ができるのは、奇妙な光景だった。
でも、まあ――悪くない。悪くない夜だ。




