表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
217/334

第155話 光の評議、影の決議



ルミナス聖皇国、帝都セレスティア。

昼の光が最も強くなる刻、白亜の都市は今日も変わらず輝いていた。


七重の環状都市を貫く光脈灯が一斉に照度を上げ、

通りを行き交う市民たちは、誰もが等しく“祝福された日常”を歩いている。


パンを抱えた子ども。

書簡を急ぐ書記官。

露店で声を張る商人。


そのすべてが、

この国が“秩序の中にある”ことを疑いもしない証だった。


――だが、その光の直下で。

帝都は、ひとつの存在を裁く準備を整えていた。




帝都第三環と第二環の境界。

かつては宗教儀礼用の地下聖堂として築かれ、今は用途を秘匿されたまま残る空間。


そこに、重厚な扉が静かに閉じられる。


金属と白石を組み合わせたその扉には紋章も銘も刻まれていない。

あるのはただ、

“ここで語られる言葉は外へ出ない”という無言の圧力だけだった。


ここが、中央評議室――

司法でも、神殿でも、行政庁でもない、

国家が国家として「判断」するための間。


天井は低く、円形の議場には自然光が届かない。

照明は抑えられ、光脈灯も最低限。

ここでは光は威光ではなく、ただの視認手段に過ぎない。


その中央に、ひとりの男が立っていた。


ゼン・アルヴァリード。


拘束具はない。

鎖も、枷も、魔力封鎖も施されていない。


それでも彼は、これまで立ったどんな戦場よりも格式高いこの場所のほうが息苦しいと感じていた。


理由は単純だった。


――ここには、敵がいない。




評議席には、十数名の人影が並ぶ。


枢機院の代表者たち。

行政院の高官。

聖皇院の神官代理。

そして、形式上の最終承認者である元老院監査官。


彼らは一様に、ゼンを“見ていない”。


視線は資料へ。

記録結晶へ。

数値と報告書へ。


そこに映し出されているのは、

蒼竜騎士団長としての戦歴。

終焉戦役での行動記録。

そして――


【被観測対象:ヴァル・ゼルグ魂核保持状態】


という、冷たい文字列だった。


「……確認事項に入る」


低い声が響く。

枢機院の代表のひとりが、形式的に議事を進める。


「ゼン・アルヴァリード。

貴殿は終焉戦役において、魔神族ヴァル・ゼルグの魂核を内包したまま生存した、唯一の事例である。

この点に、異論は?」


ゼンは答えない。

否定も、肯定もしない。


沈黙がそのまま事実となる。


行政院の研究官が続ける。


「魂核は消滅していません。

現在も零位核と干渉し続けており、安定状態とは呼べない。

放置すれば、位相崩壊、魔力災害、あるいは……」


言葉は、そこで区切られた。


“世界的被害”という単語を、

あえて口にしない配慮。


その配慮こそが、すでに結論が決まっていることを示していた。



「功績についても、確認しておきたい」


今度は別の枢機卿が口を開く。


「貴殿の行動が、戦役終結に決定的な役割を果たしたことは疑いない。帝国は、その功績を否定しない」


一瞬、議場の空気が緩む。


英雄。

救済者。

世界を終わらせなかった男。


だが、次の言葉がそれを断ち切る。


「――だが、功績は危険性を相殺しない」


それは感情ではなく、制度の言葉だった。


「意志が善であるか否かは問題ではない。

存在が、国家の制御を超えているかどうかが問題なのだ」


この場で、誰もゼンを責めてはいない。

同時に誰も彼を守ろうともしていない。


ゼンはようやく理解する。


(……ああ。これは裁判じゃない)


(処分の確認だ)



聖皇院の神官代理が、静かに宣言する。


「本案件は、世俗法・宗教法のいずれにも適合しない。

よって宗教治安特例に基づき、神聖魔導兵団の管轄とする」


それは“裁かれない”という意味だった。

同時に逃げ場がないという意味でもある。


「隔離措置を提案する」


紫影兵団の代表が、淡々と述べる。


「対象を破壊せず、消去せず、変質させず。

存在を維持したまま、影響を遮断する」


「収容先は?」


「アストラ監獄・第零層」


その名が出た瞬間、評議席の空気がわずかに重くなる。


帝都最下層。

公式記録に残らぬ場所。

刑罰ではなく、保存のための監獄。




かつて“光に背を向けた者”たちが送られた地があった。


それが――アストラ監獄だ。


帝都セレスティアの最深部。

神殿建築の基礎工事に使われた古代の巨大な地下掘削空間の遺構を転用し、今は国家機構の中で最も機密性の高い「非存在領域」として管理されている場所。


正式名称は存在しない。

行政記録にも、聖皇院の聖典にも、この施設の名は記されていない。

だが、王宮中枢の一部だけがその存在を知っている。


“アストラ”とは、古代語で「天の光」。

光を象徴する救済と啓示の語でありながら、皮肉にもこの監獄は――“光の届かぬ場所”として設計された。


最下層「第零層」は、地下深く五百尺を超える地層の底に築かれ、外界との接続は“霊脈遮断層”と呼ばれる魔導結界によって完全に遮断されている。

陽光は届かず、魔力も通らず、時間の流れさえ希薄になる異空間。

そこに収容されるのは、罪人・異端・未定義存在のすべて――帝国が管理不能と判断した最高度の脅威対象のみ。


彼らに共通するのは、ただ一つ。

「通常の刑罰体系では対処できない」という点だった。


それは強大すぎる魔力かもしれない。

制御不能な精神構造かもしれない。

あるいは存在そのものが“未解析”であるというだけであっても、十分だった。


帝国法ではいかなる罪も“救済の機会”を与えることが理念とされている。

だがアストラは、その理想からは完全に逸脱している。


なぜならそこは、“裁きを超えた存在”が封じられる場所だからだ。


「罪人に救いを」

「光はすべての民に平等に降り注ぐ」


――帝国が掲げるこの理念は、美しく整っている。

だが裏を返せば、

「光が届かぬ場所に送られる者は、もはや“民”ではない」

という思想を内包している。


ゆえにアストラ監獄は「刑務所」ではなく、「存在の封印庫」として機能している。


壁には窓がない。

天井には灯りがない。

誰が入っても何も喋らず、何かに触れることも許されず、ただ在ることを強いられる。


“忘却の静寂”。

それがアストラ第零層の本質だった。


そして何よりも冷ややかな現実は、

そこに収容される者たちの中には英雄も、凶悪犯も、異端者も、

ただひとつの枠に並べられるという事実である。



ゼンは、目を伏せた。


そこに恐怖はない。

怒りもない。


ただ――


(……そうか)


(ここまで来たか)




そのとき。

議場の隅に立っていた白衣の王子が、一歩だけ前に出た。


カシアン・ルクレティア。


彼は議席に着かない。

裁定を下さない。

だが、この場の誰よりもこの結論を理解していた。


「確認ですが」


柔らかな声。


「当該措置は、

ゼン・アルヴァリード殿の意志・協力を前提としたものではありませんね?」


元老院監査官が頷く。


「国家判断だ。

個人の同意は要件ではない」


カシアンは、微笑んだ。


それは満足でも勝利でもない。

ただ、工程が予定通りに進んだことを確認する微笑だった。


「承知しました」


彼はそれ以上、何も言わない。


ゼンはその横顔を一瞥した。


(……この男は)


(最初から、ここまで見ていたな)




評議は短かった。


結論は既に存在していたからだ。


「以上をもって決議とする。

ゼン・アルヴァリードは、

国家管理対象として、地下隔離処置を実施する」


槌は鳴らされない。

判決文も読み上げられない。


ただ記録結晶が静かに光り、この瞬間を“正当な判断”として保存した。



扉が再び開く。


外には、帝都の光がある。


ゼンは振り返らない。


英雄として迎えられることはない。

罪人として引きずられることもない。


彼はただ、国家という巨大な構造の内部へと静かに移送されていく。


その背中を見送りながら、カシアンは心の中でひとつだけ呟いた。


(――これで、ようやく始まる)


光が裁き、

影が管理する世界。


零位種ゼン・アルヴァリードは、

今、完全にその内側へと組み込まれた。


そして帝都は今日も、何事もなかったかのように輝いている。


――それが、この国の“正しさ”として静かに記録されていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ