第17話 借りだの恩だの、予約の前では無力
なんだってコイツがこんなところに……。
カイの出身はイグニス大陸にあるロックフォートという鉱山都市で、ここからは数千キロ以上も離れている。もっとも、コイツは空賊だから拠点らしい拠点も存在しないのだが、だからといって、そう易々と顔を出せるような場所に食堂を構えているわけじゃない。
何度も言うが、秘境だぞ、秘境。
元々地図にさえ載ってなかった場所なんだぞ?村の連中だってそう易々と立ち入れるような場所じゃなかった。ここなら…と思って選んだ場所だったのに、これじゃ全然落ち着けないじゃないか。
バカンスの地じゃあるまいし、観光地みたいなノリで颯爽と現れるのはやめてほしい。
「いやぁ〜まさかここまで山奥だとは思わなかったがよォ〜。見つけたときゃ感動したぜ? まさに秘境、聖域、仙境ってなァ!」
相変わらず声がデカいな。豪快というか無神経というか…
「ほら、遠方はるばるやって来たんだしさぁ。ツレねぇこと言うんじゃねーよ、な?」
カイは口元に八重歯をのぞかせながら、肩をすくめて言ってくる。
船の影からは、彼女の部下らしき連中が「姐さん〜腹減った〜」「厨房の匂いが暴力的〜!」などと騒いでいる。
「……予約してねぇなら帰れ」
俺はぴしゃりと言い放った。
カイの眉がぴくりと動く。
「いやいやいや、そこを何とかよ。今日の昼の枠にちょーっと隙間、空いてるとかさ、なぁ?」
「ない。完全に埋まってる」
「うっそぉん。あんたのことだから、どうせ一人二人ぶんは余裕見て予約受けてんだろ?」
「その“余裕”は、俺が昼に休むための時間だ。命より重い」
「くぅううぅぅっ……!」
悔しげに悶えるカイの背中で、巨大な竜の尻尾がバサバサと暴れている。
うっかりこれで厨房の窓でも割られたら泣くぞ。
「……なあ、ゼン。本当に、私の顔を立ててくれないか?」
突然、カイの声がトーンダウンした。
いつもの騒々しさを引っ込め、ほんの少ししおらしさを装ったその声。だが俺は知っている。
コイツは、こういうときに限って一番面倒な交渉カードを切ってくるのだ。
「……お前、何か企んでるな」
「借りがあるだろ」
きた。予想通りだ。
「……」
「私が命賭けてお前の首を救ったあのときのこと、まさか忘れたわけじゃねぇよなァ?」
「それは――」
「南方戦線、第五師団の拠点が魔導爆雷で吹っ飛んだあの夜。お前が足を撃たれて動けなくなったとき、誰が空から迎えに行ったんだっけなぁ?」
「……カイ、お前だ」
「そう、アタシ。今でも覚えてるぜ。あんときのお前の顔、“死を覚悟した男の諦め顔”だったよなぁ?思わず笑いながら拾い上げたのを今でも思い出せるぜ」
いろいろと腹立つ言い方だが、確かにその通りだった。
俺はあのとき、砲撃を避けるために仲間を逃がし、足をやられて動けず孤立していた。救助も期待できず、もはやこれまでと思っていた。
そこに、天から舞い降りた金色の竜がいた。
「恩を返せとは言わねぇ。ただ今日ぐらい、私とその子分たちに、腹一杯食わせてくれりゃそれでいいんだよ」
カイの声に熱がこもる。
「予約してねぇだろ」
「ぐおおおおおおっ!? お前どんだけルールに忠実なんだよぉおお!?」
地面に突っ伏して頭を抱えるカイ。後ろでは部下たちが「姐さん、駄目だったかー」とか言いながら、なぜか輪になってカードゲームを始めていた。野営体制に切り替えるのが早すぎる。
「……しゃあねぇ、特別対応ってことでさ。明日の予約枠、キャンセル出たら即入れてくれ。そしたら今日は近くでテント張って待ってるわ」
「お前な……ここ、魔獣出るぞ?」
「うちの子たち、そういうの大好物だから大丈夫!」
「大丈夫じゃねぇよ」
その後も、カイの「ほら、かつての名戦友〜」「ひとくちだけでも試食〜」などという干渉を受けつつも、俺は最後まで営業方針を崩さなかった。
それでもあいつは「今日のところは引き下がるが、今後は正式に予約入れるからな! 絶対だぞ!」と捨て台詞を残し、空賊団ごと近くの山腹に“テント村”を作り始めた。
……明日から、本格的にうるさくなりそうだ。




