第16話 竜と風と、迷惑な旧友
よし、これでひとまずは間に合ったな。来週になれば、先に仕込んでおいた干し肉もある程度仕上がってくるだろう。
焦香芋とミラクリ茸を組み合わせた定食は、ライルの言う通り“当たり”だった。食べた客がそのまま土産に焦香芋を欲しがるほどで、あやうく山中に「掘り人」が出没しかけたが、なんとか商人ベロックの伝手で“村からの正式販売”という形に収めた。
……しかし、忙しすぎやしないか?
もうあれこれと愚痴を言うのも面倒だが、なんで休みの日まで客のことを考えなければならないんだ……?
まあ、食堂を開いたのは俺なわけだし、美味しいと言って笑顔になる連中の顔を見れば、悪い気はしない。
ただ、やはり興味本位で来る者が多すぎる。“本当に美味い”と思って来てくれるのならまだいいが、大抵は俺のファンだとか言って、食事も頼まずにサインを求めてくる奴らが多い。
はっきり言って、そんなくだらない目的で来る客に俺の作った料理の良さを理解できるとも思えない。
……いや、別に俺は料理人でもなんでもないし、「料理」についてあれこれと言うつもりもないのだが。
――…ん? ……あれは?
空を見上げると、南東の方角から妙な音が近づいてくる。風を裂くような、金属を軋ませるような音。そして……それに混じって聞こえてくる、掛け声のようなもの。
「よおおおぉぉし! 降下準備ィィィ! 減速魔導、出力下げろォォ! あ、ついでに厨房の火も止めとけォォ!」
……なんの騒ぎだ。
そう思った瞬間、山間の霧を切り裂いて、空から巨大な船が飛び出してきた。
船だ。しかも空を飛んでいる。
俺の目の前の開けた広場に、その船は豪快に「ズドンッッッ!」と着陸し、土煙を巻き上げながら止まった。周囲の木々がばきばき折れる。……おい。
「ゼーーーンッッッ!!! 食いに来てやったぞォォ!!」
甲高い――というにはあまりに野太い、しかし妙に艶のある女の声が響いた。
そして船の舷側から飛び降りてきたのは、金色の鱗をまとった、二本の角を持つ女戦士だった。
黒革の空賊ジャケットに、腰まで届く編み込みの白髪。背中には風を裂くような双剣を背負い、尻尾が威勢よく揺れている。
……竜人族。それも――
「……カイ=ルーミナ。なんでお前がここにいる」
「なにって、飯だよ!メ・シ!!」
全く悪びれる様子もなく、彼女はがっはっはと笑った。
「お前んとこ、めちゃくちゃ評判なんだよ。『灰庵亭』っつったか? すげぇ料理出してるって空賊仲間の間でも噂でさァ! これはもう、“元戦友特権”でしれっと行くしかねぇと思ってな!」
「……予約は?」
「してねぇ!」
即答である。
「なら帰れ」
「なっ!?」
俺は一歩も引かずに言い放った。
「お前が誰だろうと、ルールはルールだ。うちは予約制だ」
「おい、待てゼン!? 私だぞ!? かつて南海の戦線で背中預け合った仲じゃねぇか!」
「そのときも、料理は出してない」
「マジでかてめぇぇぇぇぇ!!」
豪快に地団駄を踏む空賊船長カイ。周囲では船員たちがぞろぞろと降りてきては、勝手に広場の地面に座り始めている。おい、焚き火の準備してるやつ誰だ。
「おーい副長、勝手に野営すんな!」
「いいじゃねぇかカイ姐、せっかく来たんだし。昼寝くらいさせろよ〜」
「ここ俺の敷地なんだが!?」
まるで我が家のように振る舞う連中に、ゼンの胃は早くも痛み始めていた。