第15話 山がくれるもう一つの宝
干し肉の在庫が切れたことで、しばらくはミラクリ茸中心の定食に切り替えることができるが、俺としては“もう一手”を考えておきたいところだ。
茸は確かに旨い。栄養価も高く、応用も利く。だが、どうしても「軽い」のだ。
客によっては「腹にずしんと来る系」を求めてくることもあるし、特に遠方からの客は「元S級冒険者の食堂に来たんだから、何か伝説的な食い物が出るだろう」とか、わけの分からん期待を抱いてやってくる。
……いや、そんなつもりで始めたわけじゃないんだが。
ともあれ、もう一品。
何か“この地でしか取れない、濃厚で噛みごたえがあって、少し話題にもなる”ような――そんな素材がないか。
そう思って、久々に山の東側、〈霧深の渓谷〉へ足を運んでみることにした。
ここはガルヴァの中でも、 特に湿気と霧が濃い地域で、地元の村人ですらあまり立ち入らない。視界が悪く、魔獣の痕跡も多いからだ。
だが俺には、「こういう場所」にこそ、面白い食材が隠れているという嗅覚がある。
道なき道を踏みしめながら進む。足場は悪く、苔も滑る。空は曇り、霧が濃くなる一方。
だが、その分だけ空気に含まれる水分が多く、植物の生育には適している。
しばらく歩いていると、岩陰に見慣れぬ“葉の重なり”があった。
「……ほう?」
葉は肉厚で、表面にうっすらと金粉を撒いたような光沢がある。しかも、葉先からはゆっくりと蒸気のような香気が立ち上っている。甘い。いや、焦げた砂糖に似た、香ばしさと甘味が混じったような香りだ。
この植物……見たことがない。が、確信がある。
「これは、絶対に“食える”やつだ」
葉を摘み取り根本を掘ると、球根のようなものが出てきた。赤褐色で、固いが弾力もある。
「……もしや、これが……」
記憶を探る。古い古い食材図鑑の片隅に書かれていた幻の素材――〈焦香芋〉。
名前の通り、炙ると焦げたような香りを放ち、調味料や炭なしでも香ばしい風味を作れる特殊な根菜。魔力を帯びた土地でしか育たず、その生態も長年謎とされていた。
「まさか、ここに……」
俺はその場で即席のかまどを作り、火を起こす。球根を半割にし、炭火でじっくりと焼いてみる。
ジュッ……という音とともに、甘く、香ばしい香りが立ち上った。
一口、齧る。
「……!」
中はほくほくとした食感。甘味と香ばしさが広がり、まるで蜜芋とナッツを掛け合わせたような濃厚な味わい。だが後味は軽く、もう一口、もう一口と止まらない中毒性がある。
「こいつは……当たりだ」
まさしくこの土地がくれた、もうひとつの宝。
さっそく数本持ち帰り、灰庵亭の厨房で調理を試す。
スープ、炊き込み、炒め物、グリル。どれにも合う。特にグリルは絶品だ。表面をこんがりと焼いた焦香芋は、それだけでメインディッシュになり得る力がある。
ライルにも食わせてみた。
「うわっ、なにこれ!? ……スイーツかと思ったけど、食事にもなってる!? すげぇ……!」
「“腹にたまる”素材が必要だろう。茸との相性も悪くない」
「ヤバいっすね、これ……クセになりそう!」
新たな素材――〈焦香芋〉。
こいつをメニューに組み込むことで、干し肉がなくとも客を満足させられる“もう一軸”が完成する。
この山は、本当に捨てたもんじゃない。