第14話 懐かしい味と、山の恵み
干し肉の在庫は切らさないように今後は工夫する必要がある。
時間の管理と原材料の補充が急務だが、ひとまず補充が完了するまでに別の食材について検討する必要があるな。
……ふむ、何がいいだろうか?
食材がないからと言って、店を休むわけにもいかないだろう。
幸いにもメニューが固定されているわけではない。日替わりというのは、気まぐれという意味合いもあるのだが、こういう時に柔軟に対応できるのはメリットだな。
干し肉が使えないとすると、代わりになる主菜は……やはり魚か、それともスープか。
店の裏手にある貯水池では、小型の淡水魚が釣れる。名を〈セリア小魚〉という。身は締まっていて脂も少ないが、塩焼きや揚げ物にすると悪くない。ただ、主菜にしては少し軽すぎる。あれは添え物に向いている。
「……そうだな」
ふと、昔のことを思い出す。
帝国時代、最前線での傭兵任務中。
補給が途絶え、山中で野営を強いられたことがあった。あのとき俺たちは食糧を探して周囲を歩き回り、偶然見つけたあの“赤い茸”を煮て食った。
当初は「毒か?」と警戒したが、案外腹を壊すこともなく、むしろ妙にうまかった。
名前は――確か〈ミラクリ茸〉。
ややスパイシーな風味と、食後に体温が軽く上がる作用がある。魔力を含んでいるため、調理によって性質が変わるという変わり種だった。
あれは確か、帝都北方の森にしか自生しないと思われていたが……待てよ?
この前、裏山の斜面でライルが「赤くてピカピカしてるキノコ見た」とか言ってなかったか?
……まさか。
俺は思い立ったら早い。干し肉の仕込み中の風部屋をチェックしてから、すぐに登山道へと足を向けた。
日が高くなる前に裏山へと入り、目星をつけていたある場所の斜面へ到着。すると――あった。
木陰の湿った場所に、複数の赤いキノコが群生している。
傘は光を反射してわずかに輝き、柄はしっかりと太い。どう見ても〈ミラクリ茸〉だ。
かつて食ったあの味と姿に、疑いようがない。
「……こいつが、こんなところに」
驚き半分、嬉しさ半分で、俺は丁寧に採取を始める。
念のため魔力分析の呪式を用いて、毒性と魔素の偏りを確認――問題なし。
すぐに厨房へ戻り、スープを仕立てる。
ベースは野菜のブロードと自家製の乾燥香草。ミラクリ茸は薄くスライスし、油を使わずに軽く炙って香りを立ててから、仕上げに投入する。
ぐつぐつと煮えた鍋からは、なんとも言えない旨味と香辛料を混ぜたような香りが立ち上る。鼻孔を抜けるこの香り……間違いない。
味見。――うむ、上出来だ。
「……ふっ。これだよ、これ」
腹の底からじんわりと温まる感覚。味わいは濃厚だが、後味がすっきりしている。
干し肉ほどの食べ応えはないが、これはこれで一品の価値がある。
しかもこのキノコ、煮るだけでなく、焼き、炒め、揚げ、すべてに対応できる万能型。
しばらくは、こいつを“主役”に据えても悪くない。
午後、試作した〈ミラクリ茸の山のスープ〉をライルにも味見させた。
「うわっ、なにこれ!? 肉使ってないのに、めっちゃ食べごたえある!」
「茸だけだ」
「マジっすか!? これ、明日の定食に出せば絶対当たりじゃないすか?」
その通りだ、ライル。
……だが、こういう時に限って、なんか面倒な客が来そうな予感がするのが、俺の運の悪さよな。
ともかく、干し肉が仕上がるまでの間、この〈ミラクリ茸〉を中心に据えた定食を何パターンか構成してみよう。スープ、グリル、ピラフ、炊き込み、燻製……いける。これなら“隠居食堂”の看板は守れる。
……ああ、そうだった。看板、まだ出してなかったな。