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第12話 食糧調達




「ライル。少し出かけてくるが、留守を頼めるか?」


「全然問題ないっすよ! 親父がいない間は常に目を光らせておくっす!」


「助かる」


予約制にし、ここに来る道中にもいくつか看板を設置しているのだが、それでもまだ気軽に訪問してくる客がいて困っていた。


……全く。ここに辿り着けるルートは限られてるんだから、そのルートに設置している看板を絶対目にしているはずなのに、店に来てから「やってないんですか?!」と驚かれても困る。


お冷の一つくらいは出してやらないこともないが、こちらにも休日というものがあって、いちいち相手にしている時間もないのだ。(……いやまあ最低限の礼儀は尽くすが)


さて、食料の補充だが、まずは米の調達から始めなければならない。


うちの米は単なる白米じゃない。

〈星粒米〉という品種で、ガルヴァ山脈の限られた谷間でしか育たない。小粒で甘味が強く、炊いたときに立ちのぼる香りが実に豊かだ。下手に魔法をかけるより、香りだけで人を黙らせる威力がある。


この米は自分で栽培……できれば理想だが、現状の忙しさでは手が回らない。だから調達先として頼りにしているのが、山の西側にある〈セナの棚田〉だ。


セナは元冒険者で、俺と同時期に隠居してこの地に入植した、いわば“隠居仲間”の一人である。

ただし、俺と違って彼は“本気の農家”だ。水路の設計から土壌改良まで、やることが徹底している。


しかもあの男――米にだけは異常にうるさい。


「ゼンさんの料理は完璧だがな、米が命やで。舌じゃない、腹が満足する飯は、米や。魂に響くのは“炊き上がりの湯気”なんや」


というのが彼の口癖である。何かの宗教か?


それでもセナの棚田で収穫される星粒米は本物で、毎回うちに卸してくれる米は期待を裏切らない。

俺はそのために、年に数回、山道を越えて彼のもとを訪れている。


……もちろん、魔法を使えば荷運びや移動は楽になる。だがそれをやりすぎると、生活の「地に足がついた感覚」が失われる気がして、俺は基本的に自分の足で山を越える。


今日も早朝の澄んだ空気の中、背中に大きな背負い籠を括りつけて出発した。


ガルヴァ山脈の稜線を横切るように踏みならされた道は獣道と呼ぶには少し整っているが、物流路と呼ぶには心許ない。

途中魔物の影が動いたような気もしたが、深くは気にしない。ああいう連中は、俺の気配を察すれば普通は逃げる。


登り切った尾根の先に見えるのが、セナの棚田だ。


段々畑のように作られた棚田が、朝日を反射して銀色に光っていた。

田んぼに浮かぶ水の面が風に揺れて揺れて……その眺めだけで、少し心が洗われる。


「おーっす、ゼン! 今日もよう来てくれた!」


でかい声とともに斜面を降りてきたのは、噂の米バカことセナだった。

相変わらず麦藁帽子が似合わない。……いや、農民ルックなのに、背丈二メートルで筋肉が鉄塊みたいに盛り上がってるから似合うわけがない。


「星粒、十俵や。三日前に干し上がった分。ちょうどええ時期や」


「助かる。いつも悪いな」


「気にすんな。お前の飯にこの米が使われると思えば、魂が震えるんや!」


ほんとに震えそうだったので、そっと距離をとる。


セナの米はうちの料理にとって“主役を引き立てる主役”だ。肉でも魚でも、この米の存在感があるからこそ成立する料理がある。俺はそのバランスを大事にしている。


精米済みの俵を受け取り、相場に見合った料金を支払う。


商人を介すよりは安いが、きちんと対価を払う――それが俺とセナの流儀だ。

互いに隠居者だからこそ成り立つ信頼と、互いの技を尊重する“職人の取引”である。


米の次は、ハーブと香辛料だ。

これはガルヴァ山南側の〈テルナ村〉で採れるものを使っている。

テルナは乾燥地帯で、水は少ないがその分だけ香草の育成に適している。特に〈火香草ひこうそう〉と呼ばれる葉は、焙煎すると一瞬で食欲をかき立てる香りを放つ。


それを求めて一度谷を越え、川沿いの道を南下する。


こんなふうに、俺の食堂「灰庵亭」の料理は、すべてがこの山中の“手”で繋がっている。誰もが知らない静かなルートで確かな素材が少しずつ集まり、厨房に届く。


そしてそれを、俺が調理して出す――ただそれだけのこと。

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