表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/63

第11話 予約の海に沈む


それからというもの、予約の申し込みはとどまる気配を見せなかった。


まるでダムが決壊したかのように、毎日どこかしらから「予約です」と名乗る便りや使い魔がやってきては、俺の静かな日常を少しずつ押し流していった。


……いや、少しどころじゃない。もう、完全に氾濫している。


「ゼン親父〜! 今日の予約、これっすよ〜!」


配達所帰りのライルが、両手で抱えるほどの封筒の束を嬉しそうに差し出してきた。

その笑顔が眩しい。胃が痛い。


「……ライル。その中、何件あるか聞いてもいいか?」


「今朝だけで百件ちょいですね! 昨日のと合わせると、週で三百超えました!」


「……」


声が出なかった。

出すと多分、うっかり口から魂が漏れる気がして。


予約帳はすでに何冊目か分からなくなっている。

予備に用意しておいた紙束も底をつき、今は裏紙にまで書き込む始末。

……というか、もう文字だらけで何が何だかわけわからん。予約帳というより、呪文書の写本か何かか?


帝都にいた頃、貴族付きの広報担当から「一年待ちの料亭にご招待です」と声をかけられたことがあった。なんでも“英雄に相応しい格式ある場”とかなんとか、そんな名目だったと思う。


正直、予約一年待ちというのがどういう理屈で成立しているのか、当時はさっぱり理解できなかった。

けれど今なら――今なら、痛いほどわかる。


俺の食堂の座席数はたったの四席。1日三十席までと限定しているのはいろんな事情があるが、それでもまあ頑張れば五十席くらいまでなら拡張できる。

…が、それでは何のための“予約制”したのか。

本末転倒もいいところだ。


客を選ぶつもりはない。だが、“選ばない”ことが、結果的に混乱を招いている。

ああ……俺としたことが、なんという過ちを犯してしまったんだ。


今ならまだ間に合うかもしれない。

営業日を週三から週二に減らして、対応件数をコントロールする――そういう手もある。


だが、それをやるなら、まず今予約を入れてくれている客全員を受け入れてからじゃないと筋が通らない。


こうしてテーブルに向かって予約帳と睨めっこしている間にも、商人ネットワークを通じて新たな予約希望が届いているはずだ。


もちろん、来店日を調整するのはこっちの裁量だ。

だが、それに甘えて営業日を一方的に減らすやり方は――俺の性に合わない。


(……くそ、なんで俺がこんなに頭を抱えなきゃならん)


誰がどう見ても、これは“隠居生活”じゃない。

むしろ、現役時代より忙しいまである。


それでも――


ふと目をやると、厨房の棚の隅で干し肉の在庫が静かに揺れていた。


明日の仕込みは朝早くから始めなきゃいけない。

炊飯は三回に分けて。味噌は新樽から出す。


……そう考えている自分を思うと、なんだか無性にバカバカしくなってしまう感情があった。


「でも、嬉しくないですか? こんな辺境の村にまで、わざわざ来てくれる人がいるなんて」


ライルの言うことはまあ……間違ってはいない。


遠路はるばる、山道を越えてまで俺の作った飯を食べたいと思ってくれる。

それ自体は、作り手にとってこの上ない光栄だ。

誇っていい。喜ぶべきことだ。


――だが物事にはな、“限度”ってもんがあるんだよ。


食堂が“隠れ家”であるために導入したはずの予約制が、なぜか逆に火に油を注いだ結果になっている。

もはや俺の元には、毎日のように予約の使い魔が飛び込んでくる。

羊皮紙、伝言札、伝令鳥、魔導封……多種多様な方法で「予約希望」の文字が次から次へと押し寄せてくる。

その数、ついに週あたり400件を突破。


ちなみに席数は、相変わらず四つだ。

俺一人で切り盛りできる限界を超える気は毛頭ない。


だから当然、予約は全部断ってる――わけにもいかず。


選別と整理の地獄が始まった。



厨房裏の蔵に入り、干し肉の在庫を確認。

……少ない。ここ最近の予約殺到で、あっという間に底が見えてきた。


干し魚も、根菜も、米も、味噌も。

特に干し肉は、俺が独自の製法で燻して熟成させているもんだから、補充に時間がかかる。


「ゼン親父〜! またリクスのベロック爺から便りっすよ!」


そう叫びながらライルが封筒を振って走ってくる。


「おう、何て書いてあった」


「干し肉と調味塩を交換してくれるって。あと、ナバレ村にもルート通せそうだってさ」


ふむ。ありがたい。

商人ネットワークの拡張が少しずつ形になってきてはいるが、それでもこの勢いには到底追いつけない。


何がいけなかったんだろうな。

たかが山奥の食堂に、なぜここまで人が押し寄せるのか。

英雄だの伝説だの、どこかで勝手に尾ひれがついて広まっているんだろうが、それにしたってだな…


まったく……余計な噂を流した出版社は、今でもどこかでニヤニヤしてやがるに違いない。


とはいえ現実は動き始めてしまった。

もう後戻りはできない。

だったらやることはひとつ――備えることだ。



予約管理表を睨みながら、俺は仕入れ表と照らし合わせる。

各村からの流通日数、保存食の回転率、来週の天候予報、魔獣出没状況……

かつての戦場で作戦計画を立てるときよりも真剣に、今この場で“食材戦線”と向き合っている自分がいる。


(……俺、いったい何してんだ?)


ふと、そう思わずにはいられなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ