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欲しがりの妹に転生したらお姉さまの婚約者を奪おうとしてたけど、これはさすがにいりません

作者:



「う……気持ち、悪……」


 会社からの帰り、吐き気に襲われて私は駅のホームに座りこんだ。そして気を失うと……見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。


「……えっ?」


 見知らぬ。正確に言えば、見覚えがある。

 これ……あの異世界ミステリ漫画『薔薇の香りは永遠に』にでてくるエドワーズ邸のお屋敷じゃない!?


 私はあわててドレッサーで自分の姿を確認。

 やっぱり。私、アシュリー・エドワーズに転生してる。


『薔薇の香りは永遠に』──名探偵を自称するお嬢さまと執事の男性が様々な謎を解いていく漫画だ。謎解きのクオリティもさることながらお嬢さまと執事の絶妙な距離感がたまらなくて、女性を中心にファンが多く、私も連載当初から夢中になって読んでいた。


 でも作者さんが産休に入って連載は『エドワーズ姉妹編』の途中で止まっている。

 だから、私はこの物語の導入しか知らないんだけど……


『お姉さま、そのオレンジのドレスきれいね。アシュリーもそういうの着たかったなぁ……』


 妹、アシュリーの得意技はおねだり。


 それはそれは見事な同情の惹きっぷりで"姉のくせに妹にドレスをあげないなんて! アシュリーが可哀想!"と周りに思わせて、無言の圧力に負けたクレアが自分からドレスをアシュリーにあげるように仕向けていた。


 ドレスだけじゃない。クレアがボーイフレンドからもらったネックレスも。指輪も。。

 ありとあらゆるものをアシュリーは姉から奪って──そして、自分のものになると即飽きて放置していた。小さい頃からずっとそれをくりかえして、ついに。


『アシュリーもああいうかっこいいひとと結婚したいなぁ……』


 ついに──姉の婚約者を奪おうとするところまでいってしまったのだ。


 ……いやいやいや。さすがにそんなことできないんだけど。

 いまってどのタイミング? タイミングによってはまだ間に合うよね?


 ひとりで冷や汗をかいていると部屋のドアがノックされる。

 メイドが開けたドアから入ってきたのは二十代前半くらいの銀髪のイケメン。他国の貴族でクレアの婚約者、ウォーレン・フォースターだ。


「こんばんは、アシュリー。クレアには内緒でふたりきりで話したいことってなにかな?」


 あ。終わったわ。これ完全にちょっかいだしてるわ。


 いや、まだなにもなかったことにできるはず……。


「もしかしてきみが僕にくれた手紙のこと?」

「て、てがみ?」

「『あなたがお姉さまではなくて私の婚約者だったらいいのにと思ってしまいました』……って最後に書いてあっただろう。あはは、まさかそんなこと書かれるとは思ってなくてびっくりしたよ」


 私もびっくりしたよ。そんなものクレアに見られたら一発アウトじゃん!


 いや、クレアに見られなくてもそんな手紙をだした時点でアウトだ。ふつうだったら『僕はきみの想いに応えられない』ってウォーレンにきっぱりふられるはず。そして手紙をアシュリーの両親に証拠として突きつけられて、クレアがいままでどれだけ自分のものをアシュリーに取られていたかが明らかになって……。


 そうして断罪エンドを迎えるんだ──と思っていたとき、ウォーレンが私の手をにぎってきた。


 は?


「僕もそう思うよ、アシュリー。きみが僕の婚約者ならよかったのに」

「え……あの、ちょっと」

「ほんとうは初めて見たときからきみのことが気になっていたんだ。クレアは僕に関心がないみたいだしね」


 ……そうなの?

 と思うけど、漫画で読んだクレアはウォーレンを心から愛しているように見えた。ウォーレンもだ。


 どうしてウォーレンはこんなことを?


「周りに人目があるときはいいんだけど、ふたりきりになると冷たいんだ。ろくに会話もしてくれない。もう僕に気持ちがないんだろうな」

「そんな……」

「婚約は家が決めたことだから取り消すことはできない。わかっているけれど、クレアの気持ちが僕にないんじゃ……」


 ──あ、とそのとき私は気がついた。


 これ、職場の既婚男が若い子を不倫に誘うときの常套句だわ。


 妻にきらわれてる。家ではもうずっと会話もろくにしてない。ほんとうは離婚も考えてる。そう言って『このひとの心の隙間を私が埋めてあげなきゃ』と女の子に思わせて道を踏みはずすよう誘導するのだ。

 もちろん奥さんと別れる気なんてないし、家で会話がないのは自分が原因だったりする。どっかにマニュアルでもあるのかってくらいテンプレな誘い方。


 ……は? なんで姉の婚約者が同じことやってんの!?


 絶句する私をどう勘違いしたのか、ウォーレンは「ごめん、急にこんなことを」と謝る。でも手は離してくれない。


「でもよかったらクレアのことをこれからも聞いてくれると嬉しいな。ほかに話せるひとがいなくて……」

「そ、それはかまいませんが……」

「あまり夜に女性の部屋にいるなんてよくないね。それじゃあ」


 ねっとりとした笑み(おそらくこれをやると女の子が落ちると考えている)を残してウォーレンは部屋からでていく。

 最初は紳士ぶって女の子にこのひとは信頼できるひとだと思わせる。それもまたテンプレだ。


「う、うそでしょ……?」


 私がOLなら、不倫願望のあるクソ上司がウォーレンに転生してるのかってくらいひどい。

 私……なんであんな男をほしがったの? 見た目? 肝心の中身があんまり入ってなさそうだけど?


「え……っていうか」


 あんなのとクレアが結婚するなんて。ほんとに?


 クレアは真面目だけど引っ込み思案な分、色々と割を食うことが多かった。妹の思うままに操られているのはまさにその象徴。

 要領が悪い私はクレアに感情移入してしまって、彼女が欲しがりな妹をしりぞけて婚約者のウォーレンと幸せになってくれることを祈っていたんだけど……。


 なんで? なんでこんなことに?


 混乱した私は部屋をうろうろと歩きまわったりデスクの引き出しを意味もなく開けたり閉めたりする。

 そして一冊の日記帳と《《あるもの》》を見つけた。


「……なにかヒントがあるかも」


 私はあるものを取りあげてじっくり見たあと、日記帳を開く。

 他人の日記を見るのは忍びないけど……でも、いまは私がアシュリーだから。彼女になにか考えがあったなら引きつがなくちゃ。


 私は日記帳をめくる──。





 後日、私はレストランにウォーレンを呼びだした。姉のことで相談があると言って。

 ディナータイムだから店はほぼ満席になっている。パーテーションの向こうでは家族三人がぽつぽつと会話をしながらフォークとナイフを動かしていた。


「きみから誘ってもらえるなんて嬉しいよ。ああ、ここのお代は僕が持つから心配しないで」


 貴族のくせに恩着せがましっ。


 一応「ありがとうございます」とお礼を言ったあと、私はさっそく笑顔で言いはなった。


「名前くらいは変えるべきでしたわね。ウォーレン・フォースターさま」

「……どういうことかな?」


 私はボーイに預けてあった報告書を彼に渡す。

 それに目を通すなりウォーレンの顔色が変わっていった。


「なっ……これは」

「あなた、離婚歴があるのですね。それも原因はあなたの不倫と奥さまへの暴力。お金の力ですべてをもみ消して安心していたのですか?」

「なんのことかわからないな。同姓同名の他人じゃないか? そもそも、僕に後ろ暗いことがないかは婚約のときにちゃんと調べたんだろう?」

「ええ、調べました。そのときなにがあったのかも」

「…………」

「あなたは当家の身上調査も同じようにお金で解決したのですね。でも、私の得意技はおねだりすることなんです。あなたの古くからの友人ですが、こうやって──」


 私は目を潤ませ、上目遣いにウォーレンを見る。


「『お姉さまのためなの……。アシュリーにほんとのこと教えて? ね?』と言ったらすべてを話してくださいましたよ。あなたの悪癖は昔からで、もう死ぬまで治らないだろうなぁと思っていることまで」

「くそっ、ケリーめ……」


 ウォーレンは舌打ちをする。そこに上品な貴族としての顔はどこにもなかった。


 不機嫌を露にしてウォーレンはテーブルを叩く。おそらく、妻を殴ったときも同じ表情をしていただろう。


「だが忘れるなよ、お嬢さん。クレアは俺に惚れこんでるんだ。もう俺がいなきゃ生きていけないくらいにな。

 そんなあいつに真実を突きつけてみろよ。十八年間生きてきて恋人もいなかったような女だぜ? 初めて自分を愛してくれた男に騙されていたとわかったら飛び降りちまうだろうな!」

「…………」

「それはいやだろ? 大事なお姉さまをつぶれたトマトにしたくないだろ? だったらこのまま黙ってることだな。それに安心しろよ、俺は暴力なんて一度も振るってない。前の妻は無能だったからしつけてやっただけだ」

「……お姉さまが」


 私は無表情でつぶやく。こいつを一発引っぱたいてやりたいのを我慢して。


「お姉さまが、この真実に耐えられないとお思いで……?」

「ああそうさ。世間のことなんてなにも知らないお姫さまだからな」

「──だそうですわ」


 私は壁際のテーブルに座っている一家に顔を向ける。

 パーテーションの向こうからでてきた三人を見てウォーレンの表情が凍りついた。


「ク、クレア……」

「……ごきげんよう。ウォーレンさま」


 現れたのはクレアと私たちの両親だった。

 父は怒りを。母は軽蔑を。そして、クレアは涙目でウォーレンの前に立つと──


 ぴしゃんっ、と思いっきり頬を叩いた。


 ウォーレンはぽかんとしたあと、叩かれた頬を押さえてクレアを怒鳴りつける。


「てめぇっ、なにしやがる!」

「申しわけございません。世間のことなどなにも知らないお姫さまなもので」


 うっすらと張った涙の向こうの瞳は屈辱と憤怒に燃えていた。クレアはウォーレンに触れた手をハンカチで拭きながら、「婚約者にした女をもてあそぶ男性を叩いてはいけないという決まりがあるなんて存じ上げませんの」と硬い声で言いかえした。


 ちなみに今回のことはレストランには話をつけてある。彼らはクレアに同情し、不自然に思われないよう──そしてなにかあったときの証人になれるよう──客のエキストラまで用意してくれていた。

 いまではだれもがウォーレンに鋭いまなざしを向けている。


「……ウォーレン。いま話していたことはすべて事実なんだな」

「う……」


 父に一歩詰めよられてウォーレンは体を引く。

「こ、これは……」と言いわけを探したが、もう逃げ道はないと悟って唇を噛んだ。


「ほんとうは私も一発殴ってやりたいが、歯止めが利かなくなりそうだからな。今回の処分についてはきみの家ときちんと話し合わせてもらうことにしよう」

「ま、待ってください。そんな大事(おおごと)にしなくてもいいじゃありませんか。こういうのは当人たちだけで」

「自分の娘が騙されて傷物にされるところだった。親にとって、これ以上の大事があるかね」


 ウォーレンはうなだれる。

 きっとこの男は自分の両親にも嘘をついていたにちがいない。前妻のことも。婚約者にしたクレアのことも。


 地獄に落ちろ、と私は声にださずに言った。そしてクレアに目くばせして、先にふたりだけでレストランを出る。


 私は「だいじょうぶ?」とクレアの手を取った。


「……ええ。ありがとう、アシュリー」

「泣かないで、お姉さま……」


 クレアは気丈なふりをしようとするけれど、やっぱり辛かったみたいで涙をあふれさせる。私は自分のハンカチで彼女の目元をそっとぬぐった。


 アシュリーの日記には『あのウォーレンという男、なにか怪しい』と書かれていた。


『手紙で気を惹いたあと、ふたりきりで話したら本性を表すかもしれない。そんなことないほうがいいけど、もし私の誘いに乗ってくるようならあらためて調査をしなければ』


 私は驚愕した。日記の中のアシュリーは、私が思っていた天然性悪ほしがり女子とは真逆の理性的な性格をしていたから。


 そして──ほかにも。


『お姉さまにあのオレンジのドレスは似合わない。お姉さまは色白なんだからブルー系が似合うはず。でもそう言ったら傷つけてしまうかな。そうだ。お姉さまが似合わない色のドレスを着ているときは私がねだってもらってしまえばいい』


『ティルがお姉さまにあげたペンダント、なにか怪しい。いつものようにねだって、解体してみたらあいつの髪の毛が入っていた。なにかの魔術だろうか。不気味だ。もう二度とお姉さまには近づかないよう圧力をかけておこう』


『お姉さまは金属のアクセサリーはしないほうがいい。つけたところがかぶれている。そう本人に指摘しても気のせいだと言われてしまうので、これからは私がもらって絶対につけさせないようにする』


 ほしがりな妹、の真実が日記には書かれていた。


 アシュリーがクレアのものをほしがるのはすべて姉のためだった。そう知った私は彼女の意思を継ぐため、ウォーレンという男の調査に乗りだしたのだった。


 それがクレアを傷つけること結果になったとしても──。


「……おねえさま。むかし、ふたりで結婚式ごっこしたのを憶えてる?」

「え? ええ、憶えているわ」


 泣きやんだクレアは懐かしそうに目を閉じる。


「おかあさまの衣装部屋で白いベールを探して、二階のステンドグラスの前でやったのよね。あなたは神父さまになって私に花嫁の役をゆずってくれた。女の子ならだれでも花嫁をやりたがるはずなのに。私が姉だから、って」

「誓いの言葉なんてなにも知らなかったのにね。ぜんぶでたらめ」

「ええ。でも、一個だけ憶えてるわ」


 クレアは私の手をにぎって微笑む。

 それは──日記帳と一緒にしまわれていた、花嫁姿のクレアの似顔絵の裏に描かれていた言葉と一緒だった。


「『お姉さまがずっと幸せでありますように』」

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