夏祭り
三題噺もどき―ななひゃくじゅうはち。
あちこちから、威勢のいい呼び込みの声が行き交う。
遠くからアナウンスの声が小さく聞こえたと思えば、大きな空砲が空へと放たれた。
同時に祭囃子が聞こえ始め、ごった返す人々の熱が一層上がる。
「……あついな」
「……そうですね」
浴衣が着崩れしない程度に、襟元を仰ぐ。
昔は浴衣が普段着だったと言うが、それにしては暑いのではないかと思ってしまう。今の気候とは全く違うだろうから、そうでもなかったのだろうけど。少なくとも、この時代にこの浴衣はあまり向いているものでもない。それでも浴衣を見ない夏はないのだから。
「……人がこれ以上増える前に回るか」
「えぇ……」
まだ少し履き慣れていない下駄で、カラン―と地面を蹴る。
人が多少増えたところで、コイツが隣にいる限り人混みに巻き込まれることなんて、そうそうないとは思うが。それに、今回のこの祭りは先週のものほど大規模のモノではないようだし、あれほどにはならないだろう。
「……」
隣に立ち並ぶのは、私より少し身長が少し高い顔の整った青年である。
家でのあの、小柄なほとんど少年のような姿からは想像のつかないほどに、大人びた姿である。その上浴衣を着ているから、尚の事。
……許されるなら私の従者だと自慢したいかもしれない。熱で頭がやられたかな。
「……」
お互い、同じ黒のシンプルな浴衣を着ているはずなのに、コイツだけ別次元に見えるのは何なんだろうな。実のところ、別の少し洒落たのを着せようと思ったのだけど、断固拒否された。それを着るなら行かないと言われたので、渋々、だ。
それでも様になるのだから、たいしたものだ。
「……」
昔からつけている、お揃いのピアスを耳につけ、時折確かめるようにそれに触れる。
揃いの目の色は目立ってはいけないから変えているけれど、それもしなくてもよかったかなと今更思う。このご時世、カラーコンタクトなるものがあるのだから、色が黒くなくても目立つまい。
「……」
片手にはポーチ……巾着袋というのだったか。黒地に薄く金魚の模様が入ったものを持ち、もう片方の手は無意識なのか私の浴衣の裾を掴んでいた。
入り口でうちわを手渡されたのだが、それは後ろ帯にさしていた。あまり手がふさがるのも嫌なのだろう。その割には……まぁ、癖だろうな。私が離れないようにしているだけだろう。
私も同じうちわを手渡された。この祭りの名称と、協賛のようなものが書かれている。
そのうちわで、暑さにうなだれる隣人に、見かねて風を送ってやる。
「……なんですか」
「なんでも」
暑いのもあるが、今はまだ空が明るい。
山のすそ野に隠れつつあるものの、太陽の影響が残ってはいるのだ。私は別段問題ないが、コイツにはまだ少しきついかもしれない。まぁ、それでもこうして出歩いている時点で他の吸血鬼とは比べ物にならないくらい日に強いことは確かなのだけど。蝙蝠だけどな、コイツは。
「あ、綿あめ」
避けられていく人混みを歩きながら、屋台を見ていると。
どうやら、目的の屋台を発見したようで。多少暑さにやられているが、先程までのだるそうな空気が嘘のように無くなる。
「食べるか?」
「食べましょう」
甘いものに目がないのは、いつからなのだろう。
毎日クッキーやらケーキやら作って食べているのに、飽きないのだろうか。まぁ、私も毎日ご相伴に預かっているから言えたことでもないかもしれないが。
「主人、これをひとつ」
屋台の回りにつるされた、何かのキャラクターが描かれた袋の内のひとつを指さし、料金を手渡す。しかしまぁ、いい値段をする。祭り価格だと言われても、綿あめなんてこんな時にしか見ることはないと言いたくなるな。
「まいどぉー!!」
綿あめなんて可愛らしいものを売っているようには思えないほどに、威勢のいい挨拶と共に渡された袋を受け取り、それを隣に立つ従者に渡す。
ポーチを持っていた手でそれを受け取り、また先に進んでいく。
「……後は何かあるか?」
「冷やしパインとかあるんじゃないですか」
すこし目を離したすきに、袋を開けて中身を食べ始めていた。
おかげで少し元気を取り戻したようで、なによりだ。
これからまた日が暮れ始める。
祭りはまだ、始まったばかりだ。
「……頭いた」
「一気に食べるからですよ」
「かき氷はそういうものだろう」
「違いますよ……」
お題:ポーチ・ピアス・クッキー