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ざまぁ見ろです。婚約破棄ですって?結構ですよ。ではその座もいただいていきますね。

作者: Azusa.

今作は、一部修正を加えた再投稿作品です。

「この場を借りて言おう。レイナ・アーデルシュタイン、お前との婚約は破棄させてもらう」


 まるで芝居の一幕のような高らかな宣言が、夜会の空気を一変させた。

 金と紅の装飾が光を反射する王宮の大広間。数百の貴族たちが注目する中、第一王子アルベルトの冷ややかな声が響く。


 その傍らには、王子に寄り添う一人の少女。栗色の巻き髪に控えめなドレスを纏った平民出身のエリナ・ローナ。最近学園で注目を集めていた“平民のシンデレラ”だ。


「私……私、こんな仕打ちされるなんて、思ってもみませんでした……!」


 エリナが震える声でそう呟いた。瞳には涙を浮かべ、レイナを睨みつける。


「学園では毎日のように、私の机に虫が入れられていました。ノートを破かれ、教科書を川に捨てられたことも……!」


 すすり泣きに寄り添う王子が、冷たく言い放つ。


「貴族の誇りを語る者が、そんな陰湿な真似をするとはな。レイナ、お前は王太子妃に相応しくない。今この場で、婚約を解消する」


 場内がざわめく。高貴なアーデルシュタイン公爵家の一人娘が、面前で断罪されたのだ。面白がる令嬢たち、焦る年長貴族、そして黙って見守る宰相。


 だがその中心で、レイナ本人は微動だにしない。むしろ——


「……あらあら」


 小さく、しかし確かに笑った。


「それは結構ですわ。私も、あなたのような“お飾りの王子”と関わるのは、もううんざりでしたから」


「なっ……!」


「王太子妃の座も、玉の輿の夢も、エリナさんに差し上げますわ。どうぞ仲良く、民に嗤われながらお幸せに」


「貴様、何様のつもりだッ!」


「もちろん、公爵令嬢レイナ・アーデルシュタインですわ」


 その声は夜会の喧騒を貫き、鋼のごとく響いた。


 レイナは静かにグラスを置き、手袋を外すと、周囲に視線を投げた。


「さて……一つ、面白いものをお見せしましょうか」


 懐から取り出したのは数枚の書状。それを会場中央の魔法投影台に放り込むと、宙に文字が浮かび上がる。


 ——“レイナの机にこれを入れてください。代金は後日。エリナより”

 ——“あの女の筆箱、壊しておいて。報酬はあげる”


「な、なにこれ……!?」


 ざわめきが怒号に変わる。証拠が次々と映し出される中、王子とエリナの顔色は見る見るうちに蒼白に染まっていく。


「ど、どうしてこんなものが……!」


「あなたの手下、皆金に困っていたようでして。案外、口が軽かったのですよ?」


 レイナは肩をすくめた。


「学園に入ってすぐ、あなたが“王子に取り入ろうと私を潰しにきた”と分かった時点で、準備はしていました。何もかも、あなたたちが思うように進むと思わないことですわ」


 エリナの震えは止まらない。王子はレイナに向かって叫ぶ。


「ま、待てレイナ! お前がそうやって無実を訴えるなら、再度話し合おうではないか! 婚約は——」


「いえ、破棄は破棄です。もう“決定”なのですよね?」


 レイナは首を傾げ、にっこりと笑って見せる。


「あなたが選んだ道です。王子自ら、王太子妃の座を“平民と不正の共犯者”に譲ると決めたのですから」


 会場が静まり返る。誰一人、王子に助け舟を出さない。

 宰相が一歩前に出る。


「アルベルト殿下。事の重大性を鑑み、王宮として正式な調査を開始します。臨時評議会にも掛けねばなりませんな」


「ば、馬鹿な……これはエリナを守るためであって……!」


「その“エリナ嬢”が、国家的詐欺を働いた疑いがあるということです。しかも、王子がそれを公然と庇った」


 その瞬間、王子の足が震えた。エリナはすすり泣くしかない。


「……さて。私はもう、ここにいる理由がありませんので」


 レイナはくるりと背を向け、会場を後にしようとした。


 その後ろ姿に、誰も声をかけられない。敗北した者たちが沈黙し、勝者が静かに去る——そんな絵画のような光景だった。


 扉の前で、レイナは一度だけ振り返った。


「さようなら、王子殿下。あなたが捨てた宝石の輝き、後悔なさいませ」


 扉が静かに閉まる音が、やけに大きく響いた。




―――――― ―――――



  婚約破棄の夜会から、一ヶ月が過ぎた。


 王宮の権威は大きく揺らいでいた。第一王子アルベルトの暴走と、平民の少女エリナとの不適切な交際。さらに、それを隠蔽するための策略……その全てが記録され、宰相府によって公開された。


 かつての英雄王の血を引くとされた王子が、今や“愚王の兆し”とまで嘲笑されている。


 そして、王宮の奥、謁見の間。


「……まさか、ここまでの騒ぎになるとはな」


 玉座に座る国王は、重く溜息を吐いた。その前で、アルベルト王子が項垂れている。


「父上……私は、ただ……彼女を守ろうと……」


「守るべきは“王家の信義”だ。個人的な情で判断を誤るなど、王の器にあらず!」


 王の怒声に、王子はうずくまる。隣に立っていたエリナは、既に怯えきっていた。


「エリナ・ローナ。お前には王子を利用し、貴族社会に混乱をもたらした罪がある」


「ち、違います! 私はただ……愛されて……!」


「その“愛”のために他者を陥れた時点で、平民としての誇りも失ったな」


 王は冷酷に言い放った。


「今日をもって、アルベルトの王太子位を剥奪する。エリナ・ローナは追放とし、王都より二度と足を踏み入れてはならぬ」


 雷のような判決に、王子は崩れ落ちた。


 そして、その場に一人の女性が現れた。


 漆黒のドレスに身を包み、堂々とした足取りで現れたのは、公爵令嬢レイナ・アーデルシュタインだった。


「……お初にお目にかかります、陛下」


 彼女の登場に、場の空気が一変する。かつて王子の婚約者だった彼女は、いまや世論と貴族階級の“完全な支持”を得ていた。事件後の情報操作、証拠の提示、冷静な対応……すべてが国政にとって模範的な行動だった。


「レイナ嬢。汝の冷静さと行動力には、我らも敬意を抱かざるを得ぬ。……願いがあれば申せ」


 国王の問いに、レイナはひとつ、優雅に頭を下げた。


「では、僭越ながら。元王太子殿下の後任として、“この国を導くに相応しい人物”を、私に選ばせていただけますか?」


「……ほう。汝の見る目に、我らは任せよう」


 誰もが注目する中、レイナは一人の青年の名を口にした。


「第二王子・セシル殿下こそ、この国に必要なお方です」


 静かなその一言が、宮廷を揺るがす。


 セシルはこれまで、病弱を理由に政治から遠ざけられていたが、実際には聡明で温和な青年だった。アルベルトと対照的に、民を想う心があり、私利私欲から遠い人物である。


 そして何より——


 セシルは、レイナのことを、ずっと遠くから見守っていた。


◆ ◆ ◆


「……君が、私を推してくれるとは思わなかった」


「貴方なら、任せられると思ったからです。……そして、私の誇りも、託せると」


 二人きりの庭園で、レイナは静かにそう言った。


 婚約破棄を通して得たものは、肩書きではない。“真に信頼できる人間”だった。


「私には、玉の輿なんてどうでもいい。ただ、未来を預けられる相手がほしかったの」


 セシルは微笑んだ。


「なら、未来を共に歩もう。君となら、この国を変えられる」


 手を差し出すセシル。その手を、レイナは静かに取った。


◆ ◆ ◆


 一方その頃、かつての王子とその恋人の末路は惨めで愚かだった。


 アルベルトは、爵位を剥奪され、片田舎の領地に幽閉。文献整理の仕事に従事する毎日。

 エリナは平民に戻り、港町の洗濯屋で労働しながら、地元の子供たちに石を投げられる日々。


「ねぇ、お姉ちゃんって王子様に捨てられたんでしょー?」


「へんな嘘ついて、偉い人に迷惑かけたって!」


 子供たちの無邪気な嘲笑が、何よりも痛かった。


「違う……私は、間違ってなかった……!」


 何度繰り返しても、誰も信じない。あの夜、全てを失ったのは自分たちだったのだ。


◆ ◆ ◆


 それから一年後。


 王都では盛大な式典が開かれた。新たな王太子に就任したセシル殿下の戴冠式。そして、その隣には、華麗なドレスを纏い、堂々と立つ“王太子妃レイナ”の姿。


 その眼差しはまっすぐで、曇りひとつない。


「鋼の薔薇……レイナ様は、やはりただ者ではなかったな」


「王子を出し抜き、平民の陰謀を暴き、王国を救った功労者だ」


「しかも、次期国王との婚約も果たしたとは……まさに勝者の中の勝者だ」


 貴族たちの声は絶賛に変わった。かつて彼女を嘲笑した令嬢たちも、今では彼女の靴を舐める勢いで取り入ろうとしている。


 だが、レイナはただ一人、己の道を歩む。


 婚約破棄とは、敗北ではなかった。


 むしろそれは、己の人生を真に取り戻す“始まり”だったのだ。


 そして今、王国の未来は彼女の手にある。


「さあ……ここからが本番よ」


 レイナ・アーデルシュタイン。後に“鋼の薔薇”と讃えられる女傑の物語は、ここから始まる——―

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