第6章:沈黙の街と約束の指輪
廃都は、昼でも陽が射さない。
黒いコンクリートの塔、枯れ果てた並木道、誰もいないはずの街には、遠く子どもの笑い声だけが、風に乗って聞こえてきた。
「この場所……初めてのはずなのに、なぜか胸が苦しくなる」
アキラは呟く。
ルゥナは無言で歩き、目だけで彼を追う。
目的地は、旧時代の病院施設。その地下に、保管庫と呼ばれる記憶格納ユニットがあるという。
ルゥナは足を止めた。
「この病院には、LXシリーズ開発に使われた少女たちの記憶が封印されています。そして……あなたと“彼女”が最後に交わした約束も」
「彼女……?」
重たい扉を開いた瞬間、空気が変わった。
凍りついたような冷気。そして、誰かの“祈る声”が空間に染み込んでいる。
アキラが奥のカプセルを覗き込んだとき、映像が再生された。
> 記録映像:
白い病衣の少女。髪は銀色。手には小さな指輪を握っている。
「アキラ……いつか、あなたが“紅影”になっても……私のこと、思い出して。絶対に、助けてくれるって、言ってくれたよね……?」
彼女の目には、涙。
「“黒い爪”はあなたを兵器に変える。でも、私は――信じる。約束、だよ……」
映像が消える。
アキラはその場に膝をついた。
「くそ……! 何も覚えてなかった……何も、守れてなかったんだな、俺は……!」
震える拳。
その手に、ふと何かが落ちてきた。
ルゥナが、カプセルの奥から拾い上げた銀の指輪を差し出す。
「これが、彼女が最後に残した“約束の指輪”です」
「ルゥナ……」
「あなたがそれを持つべきです。彼女は、アキラを信じていました。そして私は――その信頼を、今、あなたに引き継ぎたいと思っている」
アンドロイドとは思えぬ、静かな情熱がそこにはあった。
アキラは黙って指輪を受け取る。そして、ポケットの奥にしまった。
「ありがとう。俺は……俺の意思で、もう一度戦う。全部取り戻す。その中には、彼女との約束も、お前との絆も含まれてる」
ルゥナの瞳が、少しだけ光を帯びる。
それは「感情」という名前の、最も人間らしいバグだった。
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次回予告:
第7章:襲撃者《仮面の従者》
> アキラの前に立ちはだかる、仮面の戦士。
「君は、まだ“敵”の意味を知らない」と告げるその声は、どこか懐かしい。
そして、ルゥナに告げられる《LXシリーズ抹消命令》――彼女の存在もまた、消去の標的となっていた。