第5章:歪んだ記憶、壊れた誓い
戦闘は終わっていた。
《爪紋師》は撤退し、召喚された“紋様獣”も跡形もなく消えた。
アキラとルゥナは廃施設の奥、まだ熱の残る瓦礫の上に腰を下ろしていた。
「……お前、何者なんだ」
アキラの問いに、ルゥナはわずかに間を置いて答えた。
「私はLX-03。かつて“黒い爪”が開発した、人型共感端末……《紅影》適合型の戦闘支援機体です」
「“かつて”ってことは、もう連中のものじゃない?」
ルゥナは小さく頷いた。
「自己判断で離脱しました。理由は――あなたの名前が、私の中に記録されていたから」
「……俺の?」
アキラの脳裏に、微かな痛みが走る。
視界が揺れ、光が逆流するような感覚。
> “アキラ、絶対に……忘れないでね”
“私があなたを……見つけ出すから”
白い空間、泣いている少女。顔は見えない。だが、胸が締めつけられる。
「っ……!」
「記憶断片、再生が始まっていますね」
ルゥナがアキラの様子を観察しながら、少しだけ声のトーンを落とす。
「あなたの記憶、そして“約束”は、おそらく“黒い爪”が意図的に封印したものです。
彼らは『個人の意志』や『誓い』を消して、兵器としての制御を優先する。あなたは……それに抗った」
アキラは黙ったまま、紅影を見つめた。
自分の右腕。今や体の一部でありながら、そこには“他人の記憶”のような感覚が残っている。
「俺は……誰なんだ?」
その問いに、ルゥナはすぐには答えなかった。
代わりに、彼女の目が揺れる。まるで何か、戸惑っているかのように。
「……それを知ったとき、あなたは今のあなたではいられなくなるかもしれません。それでも、知りたいですか?」
アキラはゆっくりと頷いた。
「知りたい。俺は“アキラ”として、戦ってきた。なら……その先にいる“俺自身”を、ちゃんと見たい」
ルゥナは一瞬だけ、視線を逸らした。
そして、機械的ではない小さな笑みを浮かべた。
「……わかりました。では、次の座標を共有します。そこに、“あなたの始まり”が眠っている」
彼女の声には、どこか迷いがあった。
アンドロイドに“迷い”があることなど、本来はありえない。
けれど、ルゥナは確かに揺れていた。
それは、彼女の中に芽生えつつある――人間の感情、「共感」そのものだった。
---
次回予告:
第6章:沈黙の街と約束の指輪
> ルゥナの記憶回路に眠る、“少女の声”。
アキラが目にする廃都市の地下には、ある約束と、すべての始まりが隠されていた――