第◯章 無き者(ナンナ)
記録因子の暴走が、遺跡の空間を引き裂いた。
天井が軋み、重力が歪む。光と闇の境界が曖昧になっていく。
紅とルゥナ、そしてグレンの存在を飲み込むように、
その“気配”は現れた。
> ズゥ……ッ……カチ……チチ……ギギ……
音ではない“何か”が空間を撫でる。
その中心に、黒よりも黒い影――《無き者》がいた。
それは「形」を持たない。
ある瞬間は、人のように腕を振り上げ、
次の瞬間には、獣のように這い、
またある瞬間には、霧となり、空間全体に“記憶を喰らう触手”を伸ばす。
> 「……これは、記録じゃねぇ。災厄だ」
紅の声が、わずかに震えた。
“ナンナ”は「記録を持つ者」に反応する。
それは存在の証であり、同時に捕食対象でもある。
> 「オイ……反応してやがる。おれたちの“記録”に」
> 「来るよ……紅、“忘れられたもの”が」
ルゥナがそう告げた刹那、世界が崩れた。
◆
紅の視界が、過去の情景に塗り替わる。
かつての戦場。死にゆく仲間たちの声。
自身が葬った“はず”の記憶。
> 「――守れなかったくせに、まだ生きてるのか」
> 「お前が“選ばなかった”記憶が、俺たちを殺したんだ」
頭を抱える紅の前で、“ナンナ”は笑ったように揺れる。
それは、記録因子の集合体による“記憶の投影”。
“記憶を食らう”とは、喪失させることではない。
“記憶の意味”を捻じ曲げて、再定義することだった。
> 「ちくしょう……これが、喰らわれるってことかよ……!」
だが――
その黒の中に、ひとつの光が灯る。
ルゥナの中に目覚めた“第三の人格”。
彼女は影に向かって歩み出す。
> 「ねえ、あなたは――“誰の記憶”?」
声が、記録因子の渦の中に届く。
“ナンナ”の動きが、僅かに止まった。
> 「記憶を喰らっても、埋まらないの?」
「だったら、わたしが“あなたの名前”になる」
一瞬、世界が反転する。
ルゥナの髪が銀に染まり、背から光の紋章が浮かぶ。
記録コードが全方向に拡張され、紅の腕と繋がった。
ふたりの記録が“統合”される。
> 「記録因子《ソースコード・∞(インフィニタス)》、起動」
「――対記録連結モード、展開」
《記録の鍵》の真の力が、解き放たれた。
世界の“記憶”を司るふたりが、“記録の喰らい手”へと挑む。
これは奪い合いではない。
記録の意味を問う、最終の対話である。
> 「記憶とは、過ちか――それとも、未来か」
「答えろよ、“無き者”……! 俺たちが、お前の記録になる!」
◆
次章予告:「記憶の終焉、そして始まり」
> 世界が“記録”であるならば、 その書き換えは、終焉であり再生でもある。
> 紅とルゥナが見つけた、“記録の在り方”。 そして、無き者が語る“最初の記憶”。
物語はすべてを巻き込み、静かに決着へと向かう。