タイトル未定2025/06/06 21:10
第1章 ―目覚めの檻―
目が、覚めた。
じわじわと意識が現実に戻る。だが、視界はぼやけ、身体は鉛のように重い。
目の奥で鈍く疼くような頭痛が断続的に響き、寝返りひとつにも抵抗を感じる。
(……ここは、どこだ)
人工照明の明滅。
金属の匂い。
そして、誰もいない。誰も、いない。
アキラはゆっくりと起き上がろうとした。だが、体が言うことをきかない。
右腕に走る熱――いや、痛みに似た感覚に視線を落とすと、そこには爪のような赤い紋様が浮かび上がっていた。
まるで、焼き印のように。
「……何だ、これ……?」
記憶は曖昧だった。
仕事帰りの地下通路。後ろから伸びる黒い影。冷たい何かが背中に触れた――その後のことが思い出せない。
突如、天井から女の声が降ってきた。
> 「意識の回復を確認。コードネーム:紅影。改造プロセス、完了確認済み。」
無機質でありながら、どこか艶を帯びた声。
それは人間の声ではなかった。もっと冷たく、正確すぎて人間味がない。
「誰だ……っ、お前は」
声に返答はなかった。
代わりに、壁の一部が滑るように開いた。
外は、白一色の廊下。監視カメラが等間隔で天井に並び、静かにこちらを見下ろしていた。
反射的に足を踏み出すと、足元の床がかすかに振動した。音のないアラームのように。
だが、不意に――アキラの頭の中にノイズのような記憶が流れ込んだ。
白い手術台。
背中に何かを埋め込まれる感覚。
「紅影計画・試作体001」という言葉。
「……っ、俺は……何をされた……?」
崩れかけた思考の中、アキラは確信した。
この場所はただの研究所ではない。
人を“作り直す”場所だ。
足音がした。
遠くから、ゆっくりと、硬質な足音が近づいてくる。
カツ、カツ、カツ――まるで、獲物を確認するような静かな足取り。
アキラはとっさに廊下の奥へ駆け出した。
とにかくここを出なければ。
この刻印が何なのか、記憶がどうなっているのか、それを知るためにも――!
しかし、知らなかった。
その逃走すら、「黒い爪」によって計算されていたことを。
まるで“覚醒”を待ちわびるかのように。