最終章:記録の継承者たち
施設の崩壊を前に、アキラたちは脱出を果たした。
瓦礫の山の向こうに朝日が昇り始める。
ルゥナの義手は破損し、アンドロイドとしての機能のいくつかも停止していたが、彼女は笑っていた。
「私は――記録できた。あなたが、最後に何を選んだのかを」
アキラは黙って頷いた。
ポケットの中に残された《ゼロ》のコアは、もう光を発していない。
だが、そこには確かに“何か”が宿っている気がした。
怒りでも、憎しみでもない。
きっと、それは――安堵。
*
数日後。
廃墟の街の外れに、小さなログハウスが建てられていた。
風で軋むドアを開け、ルゥナが入ってくる。
「また記憶の整理? いつまでやるの?」
「終わりはないよ。
記録するってことは、繰り返し見るってことだから」
アキラは、端末に向かいながら笑った。
《記録ノ光核》から読み取った最終データを元に、アキラは“未来のための記録”を編纂していた。
それは《黒い爪》の全貌、被害、そして人間と非人間の境界を越えた存在たちの記録――
どれもが、消えてしまえば“無かったこと”になる情報だ。
「お前、本当に“ヒーロー”になっちまったんだな」
ふいに声がした。
背後に立つ影。
漆黒のスーツに身を包んだ、あの謎の支援者。
「まだ生きてたのか、クロウ」
「ああ。お前が生きてるなら、俺も生きてるってもんだ。
……そろそろ別の都市で《黒い爪》の残党が動き始めてる。
“ゼロ”が消えても、歪んだ理想は残る。
お前の記録、もっと広める必要があるな」
「戦いは、続くってわけか」
「ああ。だが――
もう、お前は一人じゃない。忘れるなよ、アキラ」
*
夜、ログハウスの外。
空には星が瞬いていた。
アキラはひとつ深く息を吐いて、静かに目を閉じた。
心に浮かぶのは、数多の“記憶”たち。
ルゥナの声。
クロウの笑い声。
ゼロの、最後の沈黙。
――記録は、誰かに継がれていく。
それが“人間”であっても、アンドロイドであっても、
名前すら持たなかった兵器であっても。
アキラは、自分の存在が「過去」でも「未来」でもなく、
“いま”に立つことを選んだのだと、ようやく理解した。
そして――彼は、再び名乗る。
「俺の名前は、《紅》だ。
記録の継承者、最初で最後の“拒絶された英雄”――
でも、それでいい。これが、俺の選んだ“生”だ」
星が、きらめく。
どこまでも、果てなく。
---
【完】