第13章:記録の檻、その先へ
「生体記録、確認。対象:第零番、起動を許可」
──鋼の檻の奥、誰かが目を覚ます。
軋む音。揺れる視界。
冷却液が弾け飛び、静寂を裂く。
男の声が、冷たく響いた。
「……やはり、奴は自分を“選ばせた”か」
*
地上では、紅とルゥナが廃棄された通信施設で休息を取っていた。
「アキラ……あなたの記憶、全部は見きれなかった。でも……痛かった」
ルゥナは、胸の奥を押さえるように言った。
「あなたが何度も、誰かのために諦めてきたこと。
でも、そのたびに立ち上がろうとしていたこと。
……そういうの、私にはなかったから」
アキラは笑う。
「……おれも、誰かにそう言ってもらえたのは初めてだよ」
そのとき、突然、空気が揺れる。
地面が振動し、周囲のモニターが一斉にノイズを吐き出した。
「……これは、ジャミング信号? でも……違う、これは……!」
ルゥナが立ち上がる。彼女の視線の先に、見たことのない紋章が表示された。
《RECORD_000:解禁開始》
「“記録のゼロ”……まさか……!」
次の瞬間、彼らのタブレットに無理やり映し出される映像。
それは、かつて存在した別の《紅》。
人間ではない、兵器のプロトタイプ。
人格すら未定義の、ただ「破壊するため」だけに設計されたもの。
だがその《ゼロ》は、ある日、自分に“名前”をつけた。
「……アキラ」
画面の中のゼロが、確かにそう言ったのだ。
「まさか、俺の……原型が、あいつ……?」
記録の中、ゼロは感情を持ち始め、何かを“学習”していく。
だが、同時にそれは《黒い爪》の判断で廃棄処分となった。
「感情を持つ兵器は不要だ。学習など不要。命令だけを聞けばいい」
その処分の直前、ゼロはこう言った。
「なら、記録してやる。
感情は、記憶から生まれる。
記憶は、魂だ。
そして魂は、きっと誰かに伝わる」
*
「……ゼロは、記憶を《誰かに渡す》ために、自分を封印した……」
アキラは、知らず震えていた。
ルゥナは手を重ねる。
「あなたは、ゼロの“続き”なのね。
感情を宿し、記憶を紡ぐ……唯一の存在」
「じゃあ……この“記録武装”も、あいつが残してくれたものか……?」
二人の前で、映像は最後の一文を映し出して消える。
> ――君が、僕の続きを生きてくれるなら、それだけで、いい。
直後、施設外から異常なエネルギー反応。
「来る……!」
轟音とともに、鉄の巨影が降り立つ。
その中央に立つのは、かつてゼロと呼ばれた存在。だがその顔は……
「おい……おい、ウソだろ……」
それは、まるで“鏡に映ったアキラ”そのものだった。
ただし、その瞳に映るものは、感情ではなく――
空虚。
「お前は……もう、俺じゃない」
「そうだ。
だから俺は、お前を壊して、完全な“無”へ戻る。
感情も、記憶も、名前も……すべて、無意味だったと証明する」
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次章予告:
第14章:虚無より生まれしもの
> 《ゼロ》との最終対決へ。
名もなき始まり、記録の連鎖、魂の意志。
紅は自らの存在をかけて、「何を残すか」を問われる。
すべての始まりに、終止符が打たれるとき。