第9章:偽りの街《ニル=シティ》
都市の空は常に曇っていた。
時間が止まったかのように、通りを行き交う人々の表情はどこか不自然で、同じ台詞を繰り返している者さえいた。
「おはようございます、アキラ様」
「今日も平和で、誇らしい日ですね」
「アキラ様……帰ってこられたのですね」
──奇妙だった。
アキラとルゥナが足を踏み入れた《ニル=シティ》は、黒い爪が管理していた実験都市の名残。だが、そこにいる人々は、まるで彼を“知っている”かのように接してくる。
「解析開始……都市全体のデータベースが、あなたの記憶パターンと一致しています。まるで……あなたを“中心に構成された”世界のよう」
ルゥナの声が静かに震える。
まるで、ここは──アキラの“脳内を外にコピーした”かのようだった。
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都市中央の白塔に、かつての記憶が眠るという。
塔を目指し進む途中、アキラはひとりの少年と出会う。
「ねぇ、アキラ兄さん、忘れちゃったの? ぼく、あの日一緒に逃げたのに……」
それは、何十年も前に死んだはずの《記録》にある少年。
「……お前、生きてるはずが……ない」
「うん。だからぼく、“記録にされた”んだ。ここでは、死んだ人も、忘れられた人も、みんな生きてるフリをしてるよ」
少年が指さす。
振り返ると、そこに立っていたのは──“もう一人のアキラ”。
だが彼の顔には、仮面が貼り付いていた。
仮面の奥の目は空虚で、笑顔だけが浮かんでいる。
「僕は君さ。君が“なりたかったけど、なれなかった方の”アキラ」
「なにを……言ってる?」
「ここは、そういう街なんだ。君が過去に葬った願望、選ばなかった可能性……全部が、君の“記憶”から具現化している。君が壊れれば、ここも壊れる」
その瞬間、街全体が歪み始めた。
空の雲が逆回転し、建物が溶け、無数の“偽アキラ”たちがぞろぞろと現れる。
「ルゥナ、これは……!」
「精神汚染レベル上昇! この都市は、“あなたの記憶から派生した幻影群”によって構成されています! このままでは、あなた自身が都市に取り込まれる!」
そして白塔の上部が開き、現れたのは──
ルゥナ=零式。
だがその表情は冷たく、先程の《レムナント》での彼女とは違う。
「さあ、“アキラ=紅影”よ。選びなさい。
過去の罪を忘れて進むか、それとも……すべてを思い出し、壊れるか」
そして彼女の背後に浮かぶ、観測者ノクトの影。
「さあ、君が“どちらのアキラ”になるのか。僕はただ、それを見ていたいだけだ」
街が崩れ、アキラの記憶が引き裂かれようとしていた。
だがそのとき──ルゥナ(現ルゥナ)が叫ぶ。
「アキラ! あなたは“今を選べる人”! 記憶なんかに、負けないで!」
アキラは目を閉じ、叫んだ。
「……俺は、“俺”を選ぶ。誰かが決めた理想の姿じゃない。
過去も、記憶も、罪も、全部俺のものだ!」
その瞬間、街の空が砕けた。
塔が崩れ、偽アキラたちが霧散する。
黒銀のブレードが共鳴し、彼自身の《記憶武装》が、真の姿へと進化を遂げる。
《真紅ノ影刃》
──過去と現在を断ち切り、“自分”として立ち上がる力。
だが、塔の最深部には、まだ残されていた。
“ある少女の記録”──それは、アキラの全記憶の根幹に関わる、“紅影計画”の中核。
「……次は、そこに進まなきゃいけないんだな」
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次回予告:
第10章:少女の記録
> かつてアキラが守れなかった少女。その存在が、彼の記憶と黒い爪の“目的”を結びつける。
全ての始まりにして、失われた鍵──《ルビィ》。
そして、新たなる敵が姿を現す。“紅影計画”を、再起動する者たちが――。