9話:話が見えてきた
私はイグリスが置かれた状況を分析することになる。
彼が自身の立場を盤石にできるまでの間。
“血塗られた玉座に君臨する王”と称されても、それを否定しないことで、国内貴族を牽制できる。例えそれが真実ではなくても、自らの体制が整うまでは一時、恐怖で反乱分子を抑えむこむわけだ。
国王が毒殺され、叔父と実の弟が手を組み、まさに反乱を起こした。それを制圧した直後に、事実ままに話せば、王家の弱体化が明らかになる。イグリスの身に危険が及ぶ可能性があった。事実、彼は暗殺されかけたのだ。
つまりはこういうこと。
彼の叔父は公爵であり、公爵家というのはどこの国でも一定の力を持つ。特にイグリスの国では、その叔父の公爵家の影響が強かったはず。王家の後ろ盾でもあったのに、そこが反逆したとなれば……。王家が揺らぐことになる。
だがその逆で、イグリスが叔父である公爵を手に掛けたとなると、話は違ってくるだろう。公爵という後ろ盾などいらない。スペアとなる第二王子もいらない。自分が絶対君主となる――と言っているようなものなのだ。
まさに“凶王”と思われ、貴族達が恐怖を覚えれば――イグリスに手を出すことはしないと思う。
せいぜいできることは娘を嫁がせ、この恐ろしい王に目を付けられず、かつ権力の座の甘い蜜を吸いたい……と言ったところか。
兎にも角にも。今のイグリスには“血塗られた玉座に君臨する王”と呼ばれることこそが、重要だと思うのだ。
たとえその見た目で考えを変え、擦り寄る貴族がエルガー帝国にいたとしても。真相は不明のままの方が都合がいいはずなのだ。
「なぜ、そのような重要事項を私に打ち明けるのですか!?」
「それは取引のためです」
「取引……」
そう言えばそんな話から、この打ち明け話に転じていた。一体こんな秘密を打ち明けるほどの取引とは何なの!?
「エッカート公爵令嬢が婚約破棄を受け入れ、反論しないことで、君は格下の男爵令嬢の名誉を汚した悪女とされるでしょう」
それはその通りなので唇をぐっと噛むことになる。
「新聞も大々的にこのことを報じ、周辺国にも知れ渡る。当然、わたしの国、アルセス王国にも伝わるでしょう」
自国だけではなく、大陸中に私が悪女として轟くのね。
でも……それはもう仕方ない。ここは乙女ゲームの世界であり、私は悪役令嬢なのだから!
でもヒロインはミハイルを攻略したのだ。
もう私のことは自由にしてくれてもいいのに……!
どうしても修道院か白の塔へ幽閉しないと気が済まないのだろうか。
「君が悪女として知れ渡るのは、実に都合がいいことです」
「な……それはどういことですか!?」
「話が戻りますが、丁度婚約者選びをするかという時期に、わたしはいろいろあったのです。とても婚約者を迎えるどころではなく、即位しました。ですがさすがにわたしも婚約する必要があります。後継者のことも考えなくてはなりませんから」
そこでイグリスは言葉を切り、小さくため息をつく。
「“血塗られた玉座に君臨する王”と、わたしの国の貴族達は恐れながらも、社交界と政治の場を牛耳っていた叔父上が消えたので、その後釜を狙っている。手始めで私に娘を送り込もうと、躍起になっているのです」
そこでイグリスが話した伯爵令嬢の話を聞いてビックリだ。
たった一度イグリスとダンスをした伯爵令嬢は、ライバルの令嬢に嫌がらせをされた。嫌がらせ……どころではない。屋敷に火をつけられ、母親と自身が火傷を負っているのだ。下手をすれば命を落としていたかもしれないというのに……!
「ここまで話せば分かったのではないでしょうか」
「話が見えてきました。毒を以て毒を制す……ということですね」
「さすが打てば響く。わたしの国では今、娘を駒にのし上がろうとする貴族で溢れています。彼らを制するには、悪名高い令嬢が必要なんです」
つまり取引というのは、悪役令嬢……悪女である私とイグリスは婚約し、躍起になる貴族を抑え込みたいということだ。
自国の第二皇子に婚約破棄されるぐらいの悪女となれば、どれだけかと思われる。しかも私は腐っても帝国の公爵令嬢。イグリスの国の貴族達も無視はできないし、あまり敵には回したくないだろう。
「私が取引に応じ、陛下の婚約者になれば、貴族達を抑え込むことが出来ます。私は修道院に送られるか、幽閉される身です。緩やかに朽ちるはずが、そこを脱することができるということですね」
「ええ。悪くない取引でしょう」
「……私をカモフラージュにして、水面下で本命の婚約者を探すということですね?」
私が問うとイグリスは「!」という表情になったが、「……そうですね」となぜか視線を落として答える。
本命の婚約者まで悪女を恐れると不安なのかしら?
もしそうなら、そのケアはイグリス本人に任せるとして、この取引。
応じていいものか。
イグリスと私が婚約し、水面下で本命との結婚準備を進め、限りなくギリギリで入れ替わる。
実は悪女との婚約はカモフラージュと分かった時には、既に本命と無事結婚しているとなれば、もう貴族達は何もできないだろう。いくら権力の座を狙っても、“凶王”の王妃になってしまえば、その女性に手は出せない。
私としては二度目の婚約破棄となるが、もはや一度地に落ちた名だ。落ちるところまで落ちても……。
というかそこまで落ちるなら、公爵令嬢であることに未練はない。
イグリスの国の、地方の落ち着ける場所に屋敷をもらい、そこで後はのんびり生きて行ければいいのでは?
「無事、陛下が本命の女性と結婚されたら、私には地方でいいので領地と屋敷をいただけませんか。身分は男爵でも構いません。そこでのんびり自由気ままに生きていきます」
「……それはつまり取引に応じると?」
私は「はい」と頷いた。






















































