【番外編】陛下は最高の●●●をご所望です(4)side ???
「スタンレー宰相、これは一体、どういうことなのですか!?」
「静かに、ルーカス殿。これは訓練ではない。現実だ!」
「いえ、スタンレー宰相。それは分かりますよ。ですがなぜこんなことをしているのですか!? これは一体何なのですか!?」
すると自称町人Aに扮したスタンレー宰相は口元に笑みを浮かべ、自分を見る。
「ルーカス殿、これはデートだ」
「デート!? これがデート??? この自然史博物館にいる人間――来館者、警備員、職員。みんな変装した大臣達と陛下の護衛騎士ですよね!? ほぼ陛下の関係者による衆人環視なのに、デート、なんですか!?」
「ルーカス殿。分からないか? 巷のロマンス小説では、高位身分の者がお忍びデートをしている。だが現実でそれはあり得ない。この国のトップである陛下が、お忍びデートで暗殺されたらどうする!? だからこうやって今日は、昼間から自然史博物館を貸し切りにしているんだ。夏はそもそも入館者が少ない。そして文化大臣も許可をしている。職員や警備員は、臨時休暇を得て大喜びだ。しかも各大臣が今日の分の賃金の補填もしている。問題はない!」
問題はない。
問題はない!?
本当だろうか!?
陛下とミラ様は、お忍びデートをしているつもりだろうが、実際は違うわけだ。
何も知らず、大臣達の前で、二人は……。
実に落ち着いた様子で、深海魚のホルマリン漬けを眺めている。
……いや、陛下、どうして……。
あれだけロマンティックを心掛けるよう伝えているのに。
よりにもよって、どうして初デートで自然史博物館!?
深海魚のホルマリン漬けを初デートで眺める……いくら美男美女でも絵になりませんよ、陛下!
どうしてこうなったのか。
事の発端は、陛下が自分にこんなことを言い出したことにある。
――「それに、だ。ルーカス、お前も婚約しろ。あの娼婦たちに囲まれた時、お前は守るべきわたしを放置し、真っ赤になり木偶の坊だった。ほら、わたし宛に届いた求婚状。彼女達はフリーだ。この中から気になる令嬢がいないか、見て見るといい」
陛下の「お前も婚約しろ!」の部分だけ社交界で噂になり、母親の耳に届いてしまった。すると母親は急に自分に「お見合いをしなさい!」と言い出し、父親にもはっぱをかける。
そのせいで屋敷に戻ると、釣書がいくつも机に置かれている事態になった。
折しも季節はバカンスシーズン。陛下も無事、プロポーズが出来た。
休暇を取得し、旅行という名の家出を決行すると、ようやく両親の「お見合いしなさい攻撃」は収まった。
安堵し、いつも通り宮殿へ向かおうとすると「今日の陛下は、公務がお休みです。お会いになるなら、町人Bの装いをした上で、国立自然史博物館へ来てください」という知らせがスタンレー宰相から届いたのだ。
公務が休み。
ワーカホリックな陛下が休み。
でも自分も休んでいるくらいなのだ。
陛下が休みを取っても異論はない。
それよりも何よりも。
町人B。
町人B!?
町人Bとは一体、何なのだ!?
演劇を見に行くと、プログラムに確かにそういう記載はあるが……。
しかも町人Aではなく、町人B!?
町人Bの装いなんて、想像がつかない。
そもそも町人AとBで衣装にどんな違いが!?
だが、普段から有能で切れ者のスタンレー宰相からの知らせ。国立自然史博物館に、陛下が向かった理由もよく分からない。せっかく公務が休みなら、ミラ様とデートでもすればいいのに。
陛下の真意を知るためにも、自分なりの想像で町人Bに扮し、自然史博物館へ到着すると……。
スタンレー宰相は、陛下とミラ様が「お忍びデートをしている」と言うのだ。だがそこにいるのは変装しているが、知った顔ばかりで……。
このカオスな状況、どうやら大臣達との恒例のランチミーティングがきっかけだったようだが……。
「見て見ろ、ルーカス殿。陛下とミラ様は、あんなに笑顔で見つめ合っているではないか。このデートは間違いなく成功だ」
スタンレー宰相はご満悦の表情だが、そうだろうか!?
確かに陛下とミラ様は笑っている。
だがその背景に見えるのは、狩りで獲物を捕らえた類人猿が、謎の踊りをしている等身大模型なのだ。またも絵面がおかしなことになっている。
それにあれは見つめ合って笑っているというより、謎の踊りを見て、苦笑しているのでは!?
「夜だって最高のディナータイムを用意してある。あの国立博物館の、夜間特別貸し切りだ」
自然史博物館に続き、国立博物館。
なぜ博物館ばかり選ぶのか。
そこからして理解できない。
さらにスタンレー宰相の言葉に、自分は嫌な予感しか覚えない。
そしてこの予感は的中する。
「な……どうして……!」
「どうしても、こうしてもない。今、国立博物館で一番人気の展示は、あれなんだ! あれを見るために、夏に入っても皆、行列を成している。ゆっくり見る時間はない。それでも巨大だからな。遠くからでも、一応は鑑賞できる。だが目の前でじっくり見られるのは、ほんの数秒だ。すぐに係員に誘導され、移動を促されるてしまう。こんな風にディナーをしながら眺めることができるなんて……陛下とミラ様だけだ」
スタンレー宰相はここでもまたご満悦で、文化大臣も「どうですか」という顔をしているが……。
エルガー帝国皇太子シリウス・リチャード・エルガー。
“カジノ・ペイトン摘発計画”を通じ、陛下とは盟友関係となり、お互いをシリウス、イグリスと呼び合う仲になった。そしてこの計画への協力の御礼で、シリウス皇太子から贈られてきたのが、ダジャレ満点の黄金のゾウの像だった。
勿論、メッキではなく、本物の黄金で出来ている。その大きさからして、価値は相当なもの。
だがまさかこの黄金のゾウの像を眺めながら、しかも楽団までいて、それに学芸員が像の価値を説明するのを聞きながらディナーをするなんて……。
これがデート……!?
もはや黄金のゾウの像は、オブジェとして目をつむる。
だが楽団の演奏と、学芸員の話が同時進行では、忙し過ぎはしないか!? しかもディナーを食べる必要もある。
デートの本来の目的である、陛下とミラ様の会話はできず、食べて、聞いてと大忙しに思えてしまう。
陛下。
どうしてこうなってしまったのですか!? 次回のデートはどうか、まともなものにしてください……!
自分は成すすべもなく、大きな柱の陰で、祈るばかりだった。






















































