8話:緩やかに朽ちて行く
「ではこのまま第二皇子が言う通りの悪女として婚約破棄を受け入れ、修道院に送られるか、白の塔へ幽閉されるつもりなのですか?」
イグリスのこの言葉には、心臓が盛大にドキッとしてしまう。
乙女ゲームの断罪と言えば、最も重いと死罪。それに比べれば、修道院送りや幽閉は軽いように思えるが……。
「修道院であろうと、白の塔であろうと、大差はありません。外界から隔てられ、緩やかに朽ちて行くだけです。美しく咲いている白いユリが、わずかな水で延命させられ、じわじわと枯れて行くようなもの。第二皇子とあの男爵令嬢は、気高いあなたが徐々にその顔から生気を失くしていくのを眺め、ただ笑うだけだと思いますよ」
改めて指摘され、「その通りだ」と思う。
公爵令嬢として。
いずれ皇族の一員になる第二皇子の婚約者として。
社交が重要視される世界で生きてきた。
そこから突然切り離されるのだ。
強がっていてもその疎外感は、とんでもないものだろう。
真綿で首を絞められるように。
私は次第に気力を失くすだろう。
「エッカート公爵令嬢」
「はい」
「訂正します」
「?」
イグリスはその長い脚を組みなおし、おもむろに告げる。
「婚約破棄を受け入れ……という言い方をしましたが、これは既に成立しています。あれだけの大勢の前で告げたこと。証人の数も多い。今さらなかったことにはできないでしょうし、今頃君の父君は皇族から手紙が来て、ビックリしていることでしょう」
ここにきて父親のことを出され、胸が痛む。
乙女ゲームの中で、悪役令嬢の父親なんて、文字でストーリーの説明上登場するだけだ。
政略結婚をさせるような親なのだから、権力の座を虎視眈々と狙っている……そんなことはなかった。優しい父親であり、私と第二皇子の婚約についても、こんな風に言っていたのだ。
「ミラには好きな相手と結婚させてあげたかったが……すまない。しかしこれが貴族の世界なんだよ。幼いお前を皇宮に送り出すことも、本意ではない。だが仕方ない。皇族の意向には逆らうことはできないんだ」
父親は……私が修道院や白の塔へ送られると知ったら、とても悲しむだろう。
「わたしと取引しますか?」
「えっ」
「わたしは君と同じ十九歳。そして既に即位している。それなのに婚約者がいないのです。その理由は……いろいろあったからです」
いろいろあった。
噂では先帝であり、実の父親と叔父と実の弟を手に掛けた……となっていた。でも今目の前にいるイグリスは、“甘恋”の攻略対象の一人と思えるぐらいのザ・王子様に見える。
それにここ数日に渡り行われた昼食会、晩餐会、舞踏会などの公式行事で見るイグリスは……。
三人の血のつながった人間を手に掛けたとは思えなかった。
「いろいろあった件が気になりますか?」
「気にならない……と言えば、嘘になります。気になることでしょう。ただ、私は……伝聞ではなく、自分の目で見たことを信じたいと思っています。偽りの情報に騙されたくないのです」
婚約破棄され、修道院に送られるか、白の塔へ幽閉されるか。そんな事態に陥ったのは、皇族の思惑、社交界の噂のせいなのだ。
無論、ここが乙女ゲームの世界であり、ヒロイン有利に全てが動いたことも否めないが。
「なるほど。つまり人がなんと言おうと、自分の目で見たことを信じたいのですね」
「その通りです」
「良かったです。君がそういう価値観の持ち主で。そこはわたしと同じです」
そう言うとイグリスはにこやかに微笑む。
澄んだ空のような美しい瞳を細め、サラサラのブロンドを揺らすその姿は……やはりザ・王子様。
既に即位し、国王陛下という身分だが、本来ならまだ王太子であろう年齢なのだ。どうしたって王子様に見えてしまう。
「ではわたしを信じてくれるエッカート公爵令嬢に真実を伝えましょう。まずわたしは父君のことを手に掛けてなどいません」
「陛下!」
「ルーカス、黙っていてくれ」
側近であるルーカスが止める理由もよく分かる。イグリスが今言ったことは、機密事項だと思うのだ。
「陛下、今のお言葉は聞かなかったことにします。真相が闇の中であることから、自国内の貴族を牽制出来ている部分もあるのではないですか? そう簡単に打ち明けていい話ではないと思います」
イグリスは大胆不敵過ぎる。
私とは社交辞令程度の挨拶しかしておらず、きちんと話すのはこれが初めてなのに。
とんでもない重要事項をサラッと打ち明けてしまうなんて!
「さすが皇族の婚約者ですね。あの男爵令嬢ではこうはいかないでしょう。まさに君の言う通りです」
やっぱりと思った次の瞬間。
「父上に毒を盛ったのは叔父上と弟です。二人は父上とわたしを亡き者にし、玉座を狙っていた。わたしは叔父上と弟に改心を求めたのです。ですが二人が出した答えは、わたしの暗殺未遂。二人を手に掛けることになったのは……そうしなければ、わたしが屍になっていたからです」
ルーカスが頭を抱えているが、私だって同じ気持ち。
こんな秘密を聞いて、生きてこの部屋から出られるの!?という不安でいっぱいだった。
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『宿敵の純潔を奪いました』
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「殿下の純潔は私が奪います」
宿敵の皇太子をベッドに押し倒し、私はその引き締まった体に、自身の体を重ねた――。
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