【番外編】陛下は味見をご所望です(2/2)
「ミラ様、陛下が倒れたと聞いたのですか!」
ルーカスが慌てた様子でイグリスの寝室へ入って来た。
「あ、はい。そうなんです。なんだか甘い香りにのぼせたのでしょうか? チョコレートを一緒に作っていたのですが、突然、ふらっとされたと思ったら……。私と護衛の騎士ですぐ支えたので、怪我などはありません。そして今、陛下はとても幸せそうな顔をされているので、起こすのは何だか忍びなく……」
ベッドに横たわるイグリスに目をやると、ルーカスが私の隣にやって来た。
微笑を浮かべ、健やかに眠るイグリスを確認したルーカスは……。
「なるほど。ミラ様とチョコレート作りをする時間を確保するため、陛下は寝室へ入った後も、書類に目を通されていたようで……。単純に睡眠不足なのかと思います。陛下はまだ若いですし、毎日鍛えている。よって体力は人並み以上にあります。それでもここ一週間、徹夜にも近い状態。ちなみに毎朝の医師の検診で、問題は見つかっていません」
イグリス!
そんなに忙しいのに、私とチョコレート作りをするため、時間を捻出していたなんて……。
申し訳ないことをしたと思いつつ、一緒に厨房でチョコレート作りをしている時のイグリスは、とても嬉しそうだった。
突然倒れてしまったとはいえ、彼を責めることはできないわ。
私と過ごす時間、何よりも大切にしてくれているのだ。彼にとってはそれは、安息日のようなもの。そこをカットし、執務をしろ!では息が詰まってしまう。
「ルーカス、陛下を責めないでくださいね。睡眠不足になっても、私との時間、陛下には必要だと思うので」
「ええ、分かっていますよ。今、補佐官の採用試験も進めています。陛下の執務が少しでも軽減できるよう、我々も頑張りますから」
そこにメイドが来て、パティシエが完成させたチョコレートを持ってきてくれた。
結局イグリスが倒れたので、テンパリング以降の作業は、宮殿付きのパティシエに任せていたのだ。
「なんとも美味しそうな香りがしますね」
「ルーカスも一つ良かったら。沢山ありますので」
銀のトレイに載せられたチョコレートをルーカスに差し出す。
「では遠慮なく」
ルーカスが一粒とり、口に入れようとした瞬間。
「待て、ルーカス!」
イグリスが目覚めていた。
「陛下、大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫です。……その、急に倒れてしまい、失礼しました」
ベッドから上半身を起こし、顔を赤らめたイグリスが、その澄んだ碧い瞳を震わせる。
突然倒れてしまったことを恥じているのね。
でもロボットではないのだから。
人間、睡眠不足なら倒れもすると思う。
「陛下。王宮付きのパティシエが完成させてくれました。どうぞ召し上がってください」
「わたしのせいで最後まで作れず、申し訳ありませんでした……」
「そんな。気にしないでください。チョコレート作りの要の一つが、材料を適切に混ぜることです。そこは陛下と出来たのですから」
チョコレートを手に取り、イグリスの口元に運ぶ。
「ミラ……」
うるうるの瞳のイグリスは、チョコレートを口に入れると……。
とろけそうな笑顔になる。
これには心臓がトクトクと高鳴ってしまう。
「とても甘くて美味しいです、ミラ……」
「良かったです、陛下」
甘えるような上目遣いでイグリスが私を見上げた。
「……?」と小首を傾げると、掛け布の上に置いた両手を、イグリスがぎゅっと握りしめている。
「陛下、目覚められて良かったです。眠っている最中、微笑まれていましたよ。楽しい夢を見られたのですね」
そう言いながらふわりとイグリスを抱き寄せる。
彼の香水のバニラと、チョコレートの甘い香りが混ざり合う。
「……そうですね。とても甘く、幸せな夢を……見ていました」
イグリスが子犬のように私のお腹の辺りに顔を摺り寄せる。
「それは良かったです。もう少し、お休みになりますか?」
「いや、ミラとおしゃべりをしたいです。……ルーカス、本来ならまだ厨房にいる時間だろう? このままミラと過ごしても構わないだろう?」
「ええ、構いません。……ところで陛下、チョコレートをいただいても?」
窓の外では、春の到来を知らせるツバメの鳴き声が響き渡っていた。






















































