63話:信じられない……
「信じられない……」
押し殺した声で呟いた後は、「ミラ!」「ミラ様!」という声を無視して、駆け出していた。
あの際どい下着。あれはどう見ても娼婦だろう。
娼婦三人を部屋に呼び、お楽しみの最中ということ!?
結局、男なんてみんな一緒なんだ。
ミハイルと同様、欲望の塊!
イグリスは普段、とんでもない程、紳士的。
まさか三人もの娼婦と楽しむなんて思ってもいなかった!
しかも急に……。
私とナイトティーを飲みたいと、はにかみながら誘ったのは何だったの!?
頬が熱く感じ、自分が涙をこぼしていることに気付く。
階段を駆け下りていたが……。
「ミラ!」「ミラ様!」
イグリスとアンリエッタの声が聞こえる。
さらに何か言っているが、聞く気がしない。
どんな言い訳も、いらないと思っていた。
目の前で見たことが事実。
イグリスは私とナイトティーを飲むと言っておきながら、あちらの欲求が急に高まった。
……もしかしてこのドレスのせい?
体のラインが出るシンプルなドレス。
これを見てミハイルみたいに欲情したというの!?
「ミラ、誤解だ! 待って欲しい! 説明をさせて欲しい!」
どんなに必死に階段を駆け下りても。
ドレスを着ている。
しかも私は女性で、イグリスは間違いなく運動神経もいい。
追いつかれてしまう!
「ミラ、お願いです。そんなドレスで階段を駆け下りないでください。危険です!」
だったら追うのを止めて!と思う。
すると。
「わたしが追うのを止めたら、止まってくれますか!?」
驚いて、思わず足が思わず止まっていた。
まるで心を読まれたのかと思い、ビックリしたのだ。
「ありがとうございます。わたしは動きません。だからそのままそこで聞いてください。あの娼婦はわたしが呼んだわけではありません」
そんな見え透いた嘘を――と思う。
バクバクする心臓を感じながらも、冷静な自分が問い掛けている。
――「イグリスが娼婦を呼ぶような男性に思える? 彼がこれまで自分にしてくれたことをよく思い出して。彼はいついかなる時も、私に対して誠実であろうとしたのでは?」と。
「あの娼婦を用意したのはカジノ・ペイトンです」
カジノ・ペイトンが用意した……!?
「あの部屋は、わたしのために用意されていた部屋ではありません。リチャード……シリウス皇太子のために、アップグレードして準備された部屋。そしてわたしはミラを同伴し、しかも伯爵夫妻と名乗っているのです。ですがシリウス皇太子は違う。一人だった。だからカジノ・ペイトンが、ハイローラーと確信した上客のために、部屋のアップグレードだけではなく、お楽しみを用意したのでしょう。それがあの三人の娼婦です」
そこで笑い声が聞こえた。
一階の廊下から、マダムらしき夫人の二人組が、こちらへとやって来る。
イグリスが黙り、私は不自然に思われないよう、ゆっくり階段を降りた。
チラリとマダムの一人が私を見て声を掛ける。
「どうかされまして?」
「い、いえ、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
マダムがチラリと階段の上を見る。
「……何かお困りでしたら、フロントへ行くといいわよ」
私の耳元でマダムが小声でささやく。
「ありがとうございます。でも大丈夫です」と繰り返すと、マダム二人は階段を上がっていく。
心臓の鼓動はまだ早い。
それは階段を駆け下りたのと、イグリスの話を聞いた結果だ。
ただ、冷静にはなっていた。
今、イグリスが話したことを脳でよく理解する。
三人の娼婦はシリウス皇太子……リチャードのために用意されていた。そもそもあの部屋は、シリウスが使うはずだった……。同伴者のいないシリウスのために、カジノ・ペイトンが準備したお楽しみ。
下着姿だったのも、イグリスが脱がせたわけではない。娼婦たちが自分で脱いだ……のが正解に思えた。
なるほど。
納得できる説明だった。
階段を降りた先には、カウチと観葉植物が置かれている。私はそのカウチに腰を下ろした。
マダム二人は踊り場につき、そのまま私をチラッと見てから、階段をさらに上っていく。
心配をかけ、申し訳ない気持ちになり、頭を下げた。
ゆっくり顔をあげながら考える。
イグリスが言うことが正解なら。
私は……勘違いをして部屋を飛び出してしまった。
しかも「信じられない」という捨て台詞を残し。
とんでもない失態だと気付き、同時に。
なぜこんな行動をしたのかと、不思議な気持ちになる。
それは……。
「ミラ……」
なんだか切なすぎる声が聞こえ、心臓が止まりそうになった。
このまま儚く、イグリスが消えてしまいそうに思え、階段へ近づき、上を見上げる。
今にも泣きそうなイグリスがこちらを見ていた。
「ミラ……! 下へ……そちらへ行ってはダメですか!?」
あまりにも切実な表情と声だった。
本能的に「大丈夫です」と答えていた。
すると。
こちらを見ていたイグリスの姿が見えなくなる。
すぐに靴音が聞こえてきた。
しかもとても急いだ様子の。






















































