6話:陛下!【side 陛下】
一輪の美しく気高いユリの花。
凛と咲いていたユリが、悪意により手折られた。
その体を受け止めた時。
エッカート公爵令嬢、彼女の全体重はわたしの腕の中にあるはずだった。
だが――。
軽い。
それは……そうだろう。
首を見ても、腕を見ても。
まるで細枝のように華奢なのだ。
着ているロイヤルパープルのドレスは豪華。
だが彼女自身は男である自分から見たら、風花のように儚い。しっかり抱きしめていないと、そのまま消えてしまいそうだ。よくぞこれで、先程までの第二皇子の悪意に耐えていたと、強く同情せずにはいられない。
ここまで、追い詰める必要があったのか?
多くの貴族がいる前で。
第二皇子を睨んだつもりだが、奴は――。
それはまるで茶番のフィナーレのつもりなのか?
ピンクだらけの男爵令嬢を抱き寄せた第二皇子は、あろうことかキスをして「オリヴィア、もう安心だ。これで君は僕の婚約者だよ」と微笑んでいる。倒れた元婚約者のことなど、もはや眼中にない。
大勢の前での婚約破棄。
それは許しがたい行為ではあった。
だが。
こんな糞男と婚約破棄できたことは、正解なのではないか?
皇族としての最低限のマナーでさえできないような、この第二皇子と結婚しても。この自分の腕の中にいる気高いユリの花は、あの第二皇子に蹂躙され、いずれ枯れて行くだけだ。
「さあ、みんな。オリヴィア・ペーシェント、彼女が僕の新しい婚約者だ! 盛大に祝って欲しい!」
第二皇子が手をあげ、楽団に音楽を始めるよう促す。
イエスマンの貴族達が拍手を送る。
その中でわたしとダンスをした令嬢達は、微妙な表情をしていた。
今回の婚約破棄と断罪は、第二皇子が一方的に行ったもの。彼がよく動く口で、ペラペラとまくし立てている間、エッカート公爵令嬢はいろいろなことに耐え、聞いていたのだと思う。
わたしがダンスした令嬢は、一方的に聞いたことで判断する不公平性を、理解してくれたのではないか。ゆえに第二皇子が突然発表した新たな婚約についても、素直に拍手できない……。
戸惑う令嬢の数は、たかがしれている。さすがにこの短時間では、そこまでの人数とダンスはできない。
それでも。
過去に圧制者を滅ぼした者たち。
彼らだって始まりはごくわずかだったはず。
居酒屋の一角で話を始め、その機運が次第に大勢を巻き込んでいった。
ひとまず今は――。
エッカート公爵令嬢の身をぎゅっと抱きしめ、深呼吸を一つした後、第二皇子を一瞥する。
国の頂点に立つために。わたしはいくつもの修羅場を経験している。本気に目に力を込めれば、それすなわち……。
ハッとした第二皇子と目が合う。その顔はまさに蒼白になっている。
凄まじい殺気は、彼の近衛騎士達にも伝わった。慌てた様子で第二皇子を囲み、わたしの方へと近づく。
「陛下!」
ルーカスに言われるまでもない。
すぐにエッカート公爵令嬢を抱き上げ、会場を後にする。
「陛下、何をしているんですか!?」
「何をって……見れば分かるだろう? 彼女は理不尽な目に遭った。とても見ていられない。このままわたしの部屋に連れて行き、休ませるつもりだ」
この言葉にルーカスは目を剥く。
「お待ちください、陛下! 彼女は確かに婚約破棄されましたが、第二皇子の婚約者だったのですよ? しかも公爵家の令嬢。その彼女をご自身の部屋に連れて行くということは」「うるさいぞルーカス」
だがさすがのルーカスでも、この事態に大人しく引き下がってはくれない。
「ではこうする。ルーカス、お前は急ぎ侍従長の所へ向かえ。そして至急、皇帝と話したいと伝えてくれ」
先程以上に目を剥いたルーカスが「何をするおつもりですか、陛下!」と叫ぶ。
「ごちゃごちゃ言っている場合ではない。まず後ろから追って来ている近衛騎士をなんとかしろ。もうわたしの身分を明かしても構わない」
「な、陛下!」
「わたしは部屋に向かう」
ルーカスは何か言いたげだったが、第二皇子の近衛騎士は迫っている。仕方なくわたしを逃すと、自身は近衛騎士の方へと向かう。
わたしの身分が分かれば、近衛騎士も引くしかないはず。
凄まじい殺気を第二皇子に送ったが、手を出してはいないのだ。ここで事を荒立てるのは得策ではない。
歩き出しながらわたしはこの後の計画を考える。
エッカート公爵令嬢は、あの第二皇子が言う迄もなく、聡明だと思う。きっとわたしの意図を、全て言わずとも、読み取ることができるはず。
ならば……。
まずは皇帝と話をつけ、彼女にはあの話をしよう。
その上で……。
算段を立てたところで、わたしを護衛する騎士達の姿が見えてきた。
もうすぐわたしの部屋だった。






















































