52話:運の尽き
「まだ分かっていないようだが、この部屋に入った時からずっと。わたしとミラの手の平の上で、オレガン公爵、君は転がされていたんだよ」
イグリスのこの言葉に、オレガン公爵はカッと目を見開く。そこでイグリスは剣を鞘に戻すと、執務机の脇に静かに戻す。
「アンリエッタがわたしに夜這いを掛ける。そんなこと、できると思ったか? わたしの寝室に入れる女性。それはこの世界でただ一人。婚約者であり、未来の王妃であるミラだけだ」
そこでグイっとイグリスが私の腰を抱き寄せた。
こんな風に強く抱き寄せられるのは初めてのことで、心臓が激しく反応している。
「い、いったい、どういうことなんだ!?」
オレガン公爵が震える声で尋ねる。
「どうもこうもない。オレガン公爵。君は出しゃばって、わたしとミラのディナーの席に娘を連れ、乱入した。それが運の尽きだ」
「な……そんなことは!」
「あのディナーの場での君の態度を見て、ミラはアンリエッタを助けたいと思った。君に完全に駒扱いされているアンリエッタを見ていられなかったんだ。そしてディナーの後。隣室に移り、そこでミラはアンリエッタと心から打ち解けた。その時点でアンリエッタは、君の駒ではなくなった。わたし達に既についていた」
イグリスの言葉に、オレガン公爵が憎悪の眼差しを向ける。私とイグリスの後ろにいるアンリエッタに向けて。だが私はその視線の先に移動し、逆に公爵を睨み返す。
そこは元悪役令嬢のミラ。目力は半端ない。それではなくても公爵は床に倒れ、分が悪い状況。私の睨みにひるみ、視線を逸らす。
「オレガン公爵、君がアンリエッタにわたしに夜這いをかけるよう命じたこと。それはわたしに報告された。ミラを経由して。そこで一芝居打ったわけだ。わたしが話したアンリエッタの夜這い、あれは作り話。思わず信じてしまっただろう?」
「き、貴様っ……」
「次に勝手に言葉を発したら、その舌を切り落とすぞ」
イグリスの冷徹な眼差しに、オレガン公爵は口をつぐむ。
「夜這いを実の娘に掛けさせてまで、何をしたかったんだ、結局? 今ちゃんと話せば、減刑を考えてもいい」
「は、話していいのか」
「ああ、話すがいい。だが忘れないで欲しい。わたしはこの国の王だ。言葉遣いに気をつけろ」
そこでルーカスと護衛の騎士は、オレガン公爵を一度起き上がらせる。そしてその場で正座させた。
手は後ろで縛られ、騎士は剣を構えているので、逃亡や暴れたりはできない状態になった。
「減刑よりも、身辺警護をしてくれ……いや、してください」
「どういうことだ?」
イグリスが片眉をくいっと上げる。
「あのカジノには皇族も絡んでいます。直接的ではないですが、絡むことになったのです」
「なるほど。それは実にあぶない橋だ」
「そうです。そんなあぶない橋を渡るつもりは……ありませんでした」
そこからオレガン公爵はぽつり、ぽつりと昔話を始めた。
「……わたしがワインのコレクターであることは事実。そしてヴィンテージワインを求め、エルガー帝国へ行ったことも真実です。そして偶然でした。そのカジノを知ったのは。カジノ・ペイトンとは違法カジノ。正式な運営許可を帝国から取っていません。マネーロンダリングにも利用されているような、闇カジノなんですよ。そしてカジノ・ペイトンを運営しているのは、表向きは真っ当な事業を営む貴族。その貴族が営む商会で扱うワインを手に入れることで、そのカジノの存在を知りました」
オレガン公爵が嘘をついていないなら。
彼はそのカジノが違法だとは知らなかったことになる。
「アルセス王国にはカジノがありません。それにこれまでカジノなんてやったことがないので、合法カジノなのか、違法カジノなのか、わたしには分からなかったのです。ですがワインを買った際、誘われ、せっかくだからと足を運び……。ルーレット、ブラックジャック、ポーカー……どれも初めて。最初は眺めていただけですが、連れて行ってくれた奴が金を出すからと試したら……いきなり勝ちが続き、『お前は才能がある』と言われました」
オレガン公爵は、いわゆるビギナーズラックで勝利することで、カジノにハマっていったようだ。どっぷりハマり、負けが増えたところで、そこが違法カジノだと分かった。だがその時にはもう遅い。負け続けであの借用書のような借金を、沢山抱えるようになっていた。
「わたしが経営する商会のお金も、そのカジノ・ペイトンにつぎ込んでいました。帳簿を誤魔化し、お金を浮かせたり、架空取引でお金を動かしたりしたのです。貿易船で損害が出た時、保険の請求はしたかった。でもそこで専門家の調査が入り、もしもわたしがしている不正がバレたらと思い……。請求はできなかったのです」
「それで借金はカジノ・ペイトンに返済できたのか?」
「……全てを返すことはまだできていません。そんな折、願ったり叶ったりの話が舞い込んだのです。カジノ・ペイトンから」
公爵が大きくため息をついた。






















































