50話:公爵の言い分
この期に及んで……という言葉が頭に浮かぶ。
本人が洗いざらい白状しているのに、白を切るつもりなの?と。娘を悪女に仕立て、自分は逃げ切るつもりなんて。
許せないと思った。
イグリスと目が合う。
私はソファから立ち上がる。
ここはイグリスの執務室。
大きな執務机のそばに、イグリスとオレガン公爵がいた。そしてこの部屋にはソファセットが置かれている。そのソファに私は座っていた。
イグリスのそばにはルーカスが控え、扉には二人の護衛の騎士。
私のそばにも一名、騎士がいた。
「アンリエッタは父親であるあなたから『殿下に夜這いを掛けろ』と命じられたと明かしました。なぜアンリエッタが陛下に夜這いを掛ける必要があるのでしょうか? その理由は陛下と私を婚約破棄させるためではありません」
そこで一呼吸おく。
適度な間は聴衆の関心を集める。
「陛下とアンリエッタが一度でも結ばれれば、それで『一生強請ることができる』と公爵、あなたは言ったのですよね? 陛下は、一度の過ちの件を私にばらされたくない。臣下や国民にも知られたくない。ゆえに一度でも交われば、それを元に陛下を意のままに操れると」
私は腕組みをしながらソファから立ち上がり、オレガン公爵に近づく。
「エッカート公爵令嬢。本当に申し訳ございません。我が娘がそんな悪知恵が働くとは思いませんでした。実に恐ろしい考えです」
顔色一つ変えない。
本当に腹黒い人間なのだと思った。
「娘と関係を持った、責任をとって欲しいと、表舞台に出ることもできますよね? でもそうするつもりはなかった。王妃に娘を立てることができるのに、そちらの道を選ばなかったのは、なぜですか?」
「さあ、それは娘に聞いてください、エッカート公爵令嬢」
イグリスが執務机の椅子に座り、引き出しから書類を取り出す。
「オレガン公爵。君は何度となく、エルガー帝国へ足を運んでいる。何をしているのか。特定の商会との商談……ということになっている。だが君の商会が扱うのは、香辛料だ。しかし帝国で頻繁に訪れている商会は、ワインを扱っている。そして公爵の商会が、ワインの販売を行っている記録はない。一体何のために、その商会の所へ頻繁に足を運んでいるんだ?」
イグリスの指摘に、これまで表情一つ変えなかったオレガン公爵に変化が起きる。
ほんの一瞬であるが、頬がぴくっと動いた。
「娘の話と、わたしの商売の話。全く無関係ではないですか、陛下」
「そうだろうか、オレガン公爵。わたしは無関係だとは思えない。君の王家への執着の理由は、この商会との関係に起因しているのではないか?」
「ははは。陛下は突拍子もないことを言われる。陛下の言う通りです。わたしの商会は香辛料を扱う。その商会主であるわたしが、エルガー帝国のワインを扱う商会主と会う理由。脈絡がない。その通り。なぜなら個人的な理由で訪れているからです」
イグリスが「個人的な理由?」と片眉をくいっと上げる。
「ええ、そうです。わたしはワインコレクターなんですよ。ヴィンテージワインやアンティークワインを収集している。勿論、その年の新作ワインも楽しむ。個人的なコレクション用のワインを手に入れるため、定期的にその商会へ足を運んでいるだけです」
オレガン公爵は、先程の表情の変化を感じさせない、堂々した顔で応えている。そこで今度は私がイグリスのそばに行き、彼から受け取った書類を手に、公爵に問う。
「オレガン公爵の所有する貿易船は最近、台風の被害を受け、転覆しましたよね? 積荷に大きな被害が出ています。ですがその船、保険に入っていますよね? 本来、大きな損失を出さないために、保険請求をされるはずです。ですがそれをされていません。それどころかその損失を計上されていません。なぜですか?」
表情は変えないが、オレガン公爵は大きくため息をつく。
「大した損害ではなかったからですよ。保険請求は煩雑ですし、審査やら何やらで時間がかかります。そんなはした金のために、労力は掛けたくなかったのです。それより、わたしがここへ呼び出されたのは娘の件ですよね? わたしの商売の話は関係ないのでは? それとも娘の件でこれ以上話がないというなら、もう帰ってもいいでしょうか?」
「アンリエッタは宮殿の地下牢にいます。お会いにならないのですか!? 彼女がどんな状況か、心配ではないのですか!?」
思わず信じられないという思いで尋ねると、オレガン公爵はキッパリ言い切った。
「わたしと娘は無関係です。娘が単独で陛下への想いを拗らせ、暴走しただけのこと。幸い未遂で陛下に害はなかったのです。娘については罰せられても仕方ないでしょう。ただ……命だけは助けていただければ。まだ若いですから、せめて修道院での更生でどうでしょう」
「あくまでアンリエッタを切り捨てるのですね。実の娘なのに」
私の言葉にオレガン公爵は堂々とこう言う。
「例え娘であろうと、悪いことをしたなら罰せられて当然です。切り捨てるわけではなく、罪を償うべきだと思っているだけですよ」






















































