5話:一輪の美しく気高いユリの花が【side 陛下】
第二皇子のバースデーパーティーが開かれている。
ということはそこにエッカート公爵令嬢もいるわけだ。さらに二人の関係者、第二皇子と男爵令嬢もいる。リアルな彼女の評判も聞けるだろう。
「ルーカス、今すぐ眼鏡を手配しろ、と頼んでも無理か?」
「! そんなことはありません。用意できますよ!」
そう答えるとルーカスは、目についた使用人に声をかける。眼鏡をかけていない若い女性の使用人だったが、すぐに動き出す。
それから五分後。
ルーカスは眼鏡を手に入れていた。
「陛下は目が悪いわけではないので、レンズを強制的に外しました」
「結構だ、ルーカス」
眼鏡をかけ、髪の分け目を少し変える。
これでかなり印象は変わったはずだ。
この姿ならイグリス・カイル・アルセスだとは……バレないだろう、多分。
「陛下、まさかとは思いますが」
「バースデーパーティーに顔を出そう」
「陛下!」と言われることは想定内。よって理由は考えてある。
「自分と同い年の令嬢も沢山いるはずだ。婚約者が見つかる可能性がある」
これにはルーカスは唸り声をあげ、渋々で応じる。「分かりました」と。受け入れるとすぐに動いてくれる。
すなわちパーティー会場付近にいる警備兵やバトラーに話しをつけてくれた。
「通常、遅刻して参加なんてあり得ないですから。レストルームから戻ってきたフリで入りましょう。護衛の騎士は連れていけません。つまり護衛は自分だけになるので、くれぐれも無茶はしないでくださいよ、陛下!」
そう言うとルーカスは紋章入りのマントを外し、わたしのマントとあわせ、護衛の騎士に渡す。そしてこの辺りで控える者と、部屋に戻る者の指示を出す。
こんな時のルーカスは実に頼もしい。イレギュラーな対応をする時のルーカスは、いつもより生き生きしていると思う。
本人に言ったら「必死なんですよ!」と怒られそうだが。
こうしてルーカスとわたしは、まんまと第二皇子のバースデーパーティーに潜り込んだ。そしてそこで噂通りの話を聞くことになる。
つまりエッカート公爵令嬢の悪評だ。
「エッカート公爵令嬢のその話ですが、ご自身の目で確かめられたのですか?」
思わずわたしが問うと、その令嬢は首を振る。
「わたくしは男爵令嬢ですし、公爵令嬢と接点は持てません! 今日のパーティーも、同伴者がいない伯爵令嬢に連れて来てもらったんです。あ、彼女は今、ダンスをしています……」
そこで男爵令嬢がチラリと私を見る。
これはダンスに誘ってくれ──ということだ。
ルーカスに目配せし、ここは彼女のアイコンタクトに応じ、ダンスフロアに向かう。
そして踊りながら彼女に伝える。
「あなたは聡明そうにお見受けしますが、ご自身の目で確かめていないことを信じるのですか?」
「えっ!?」
「エッカート公爵令嬢がペーシェント男爵令嬢に何か言ったところを見たわけでもないのに、噂を信じるのですか? 血塗られた玉座に君臨する王も、実際は噂とは違っていたわけですよね?」
わたしに問われた令嬢は「そうですね」と頷く。
「あなたならそんな噂に惑わされず、正しい彼女の姿を見ることができると思いますが」
ゆったり微笑んで告げると、令嬢の頬がポッと赤くなる。
頃合いだ。
曲が終わり、もう一曲とリクエストされる前に彼女から離れる。
そしてこちらに視線をチラチラ送る令嬢とダンスをすることに。目的は同じ。エッカート公爵令嬢のことを確認することだった。確認し、先程の男爵令嬢と全く同じ反応を返され、またもや諭すことになる。噂を信じるのですか、と。
こうしてわたしは様々な令嬢から話を聞き、エッカート公爵令嬢本人をろくに知らない令嬢達が、彼女の悪評を信じていると理解した。
「陛下と同じですね」
「そういうことだ。人間とは流されやすい生き物。集団心理も働くだろうさ。皆が黒というなら、例え白く見えていても、黒と言ってしまう心理と同じだ」
これといって縁もゆかりもある訳ではないエッカート公爵令嬢だったが、同情せずにはいられない。
さらにこの気持ちが高まる事態が起きたのだ。
そもそもわたしがパーティーに参加したのは、開始からかなり経っていた。宴もたけなわとなったまさにその時。何やら中央の辺りが騒がしい。
「ルーカス」
「どうやら第二皇子が何か始めたようですね」
ルーカスと共に移動し、何が起きているのかを確認したわたしは……。
ここが自分の宮殿だったら。
「笑止。今すぐこの茶番を止めろ。止めぬなら、首を刎ねるぞ?」
そう言いたくもなるぐらい、腹立たしい第二皇子の主張を聞かされることになった。
こんな貴族たちが大勢いる前で、婚約破棄を告げるなんて。
二人は昨日今日婚約したわけではない。十年以上の婚約期間があるのだ。その間、エッカート公爵令嬢は、厳しい教育を受けてきたはず。皇族の一員になるべく、自分が受けた王太子教育と同じように。休みなどなく、皇族の公務にだって参席しただろう。
その彼女の苦労を思えば、仮に第二皇子が言うことが事実だったとしても。
せめて二人きりで話をするべきなのではないのか?
ペーシェント男爵令嬢の名誉を汚したと、あの第二皇子は滔々と語り続けている。だが現在進行形で第二皇子は、自身の元婚約者を、公爵令嬢の名誉を貶めているのではないのか!?
エッカート公爵令嬢を見ると、顔色が悪かった。
涙を一つこぼさず、第二皇子の言葉を聞いているが、普通の令嬢はこうはいかないだろう。
再度、「今すぐやめろ」と言いたくなるのを堪え、少しでもエッカート公爵令嬢の方へ移動する。
ルーカスが「陛下!?」という顔をしているが、無視だ。
そしてその時は唐突に訪れる。
「悪魔の君は更生の必要がある。修道院に入るか、白の塔での幽閉をこれから検討するつもりだ。覚悟して待つがいい!」
一輪の美しく気高いユリの花が、崩れ落ちた。
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