43話:本心を
ディナーが終わり、ソファにアンリエッタと横並びで座り、話せる状態になった。
チラッと見ると、イグリスは早速オレガン公爵と話し始めている。
私もアンリエッタに話すことにしたが、大切なのはこちらから話すこと。
人は先に手の内を明かされると、つい自身のことも話したくなるもの。これも心理学の応用。
何よりアンリエッタは私の悪女の話を聞いて恐れているのだから、ここは私は怖くないということを伝える必要もあるだろう。
「オレガン公爵令嬢……では堅苦しいわね。私も公爵令嬢だから、お互いに公爵令嬢と呼び合うことになってしまう。私のことはミラ嬢でいいわ。代わりにアンリエッタ嬢とお呼びしていいかしら?」
アンリエッタは驚き、私の顔を見た。
そこですかさず私は笑顔になる。
母性を感じるような、慈しみのある笑みを。
するとアンリエッタの表情が柔らかくなる。
出だしは上々だ。
堅苦しくない呼び名を使うことで、心理的な距離はぐっと縮まる。
「それでね、アンリエッタ嬢。私も公爵令嬢でしょう。しかも6歳で皇族の婚約者になってしまったから、本当に大変だったの。マナーや礼儀作法のレッスン、ダンス、それに勉強! アンリエッタ嬢も苦労しなかった?」
「……しました。私は誰とも婚約していないのに、お父様から『オレガン公爵家の娘として生まれたからには、最高の女性になる必要がある。頑張れば王太子の婚約者になれるから』と言われて、沢山勉強をさせれました。マナーや礼儀作法のレッスン、ダンスも……」
「そうよね。私と同じだわ。ただ私の場合は婚約と同時に皇宮へ移り住むことになり、両親とも離れ離れになってしまったから……。父親はとても寂しがっていたわ」
そこでアンリエッタはハッとした表情で私を見る。
「エッカート公しゃ……ミラ嬢のお父様は、寂しいとおっしゃられたのですか?」
「ええ。お父様は商才はあるけれど、政治的な立ち回りは苦手だったのよ。皇族からぜひ私を第二皇子の婚約者にと打診された時、断れなかったのよね。普通は断れないわ。でも公爵家なら皇族と対等に渡り合える唯一の貴族。ただ勇気もいることだから……お父様は泣く泣く承諾したの。本当は私が好きな相手と結ばれることを願っていたから、とても同情してくれたわ」
「そうなのですね……。ミラ嬢のお父様は……とてもいい方で……羨ましいです」
一段階目クリア。
「お前のためだ」とアンリエッタを言いくるめている父親は、本当は自分の味方ではないという気づきにつながったはずだ。同じ公爵令嬢でも、私の父親は自分のことを駒のように扱っていない。対して自分の父親は……と思っているはず。
ここからはアンリエッタとオレガン公爵の本心を聞き出す。
「オレガン公爵もアンリエッタ嬢のことをとてもよく考えてくれるわよね。……ただ少し強引にも感じるわ。娘を陛下の婚約者に!と思う貴族は多いと思うの。でも私という婚約者ができたら、普通はそこで諦めるでしょう。それなのに最初は友人にと言い出し、それがダメなら、侍女にだなんて。なんというか……ごめんなさいね。ズバリ指摘できる方がいないと思うから、あえて言わせていただくと、アンリエッタ嬢のことをオレガン公爵は……まるで道具のように見ている気がするわ」
「……! ミラ嬢、私……」
涙を浮かべるアンリエッタをふわりと抱きしめた。
アンリエッタの顔は私の胸に埋もれる形になる。
男性だけではなく、女性も。
胸に触れることでひと時の安心感を覚える。
赤ん坊は、男女関係なく母親のおっぱいから母乳を飲んでいるのだ。そこで得た安堵の感覚は、本能的に覚えているもの。これも心理学ほかの学問で、分析されていることだ。
今、アンリエッタは自身の父親に利用されていることを第三者からも指摘され「やっぱり、そうなんだ」と心が傷ついている。それが胸に触れることで、癒しにつながっているはずだ。
併せて背中を優しくさすり、言葉を紡ぐ。
「私達貴族令嬢は、両親に従順であることを美徳とされているわよね。だから言えないわよね、お父様に利用されている、それが辛いとは。アンリエッタ嬢はここまでお父様の指示に従い、懸命に答えようとした。でもそれは自身の意志とは反することでもあったのでは? 苦しかったでしょう。もう我慢しなくていいわ。アンリエッタ嬢が私の侍女になれるよう、陛下に伝えるから」
「ミラ嬢、本当ですか!?」
「ええ。そうすればもうこれ以上、お父様から何か求められることはなくなるでしょう? アンリエッタ嬢のお父様は、王家と何か太いつながりを持ちたかったのでしょう? それなら私の……王妃の侍女になれれば、解決よね?」
そこでアンリエッタは瞳を泳がせる。
迷っているのだ。打ち明けるかどうかを。
「アンリエッタ嬢。私のことを陛下は、聡明で賢くてしっかりしている……と評価してくれるけれど、そんなことはないわ。帝国から単身、アルセス王国へやってきたの。本音は不安でいっぱいよ。しかも悪女という噂も広がっている。私は別に悪女のつもりはないのに、社交界で勝手に噂が広がってしまって……」
ここで私は「アンリエッタ嬢だけに打ち明ける」ということで、悪女に仕立て上げられ、婚約破棄されたことを話す。そして傷心の私をイグリスが助けたくれたこと。そこで愛が生まれ婚約に至ったことを打ち明けたのだ。さらにイグリスがいるとはいえ、この王国で友人もいなく、心細いと。
「そうだったのですね。ミラ嬢は容姿も知性も完璧で、怖いものなど何もないのかと思いました」
「ふふ。そう見えるよう頑張っているだけで、本心はこの通り。私にだって弱い部分があるの」
そこでチラリとイグリスが私を見た。
私は「あと少しです、陛下」と目で応じる。
イグリスは頷き、オレガン公爵と話を再開した。
「ミラ嬢。私、お父様のゴールは王妃の侍女で収まることだけではない気がするんです」






















































