4話:これは免除で【side 陛下】
「なるほど。そのペーシェント男爵令嬢が、第二皇子と急接近したと。それでエッカート公爵令嬢は、その男爵令嬢を呼び出し、文句を言ったり、叱責した……。それでなぜあんな噂が立つ?」
ルーカスに調査を命じて数日後。
他にもやることはあるだろうに。
ルーカスはしっかり自分の知りたい情報をリサーチして報告してくれた。
すなわち使用人に気遣いを見せた公爵令嬢に悪評が立っている理由を。
「……まあ、常識的に考えれば、エッカート公爵令嬢は婚約者に横恋慕されたわけです。先に彼女の名誉を汚したのは、ペーシェント男爵令嬢。男爵令嬢の方が泥棒猫と評されておかしくない状況ですが……」
「噂をコントロールしている奴がいるわけか。つまりエッカート公爵令嬢の悪評は、作為的なものということ。裏がありそうだな」
わたしはそこで考える。
エッカート公爵令嬢に悪評を立つことで、得をするのは誰であるのか、を。
「陛下」
「なんだ、ルーカス」
「エッカート公爵令嬢の件は、引き続き自分が調べます。陛下はこの求婚状の山のことを考えてください。帰国しても同じ山が、執務室に築かれているんですから」
ルーカスの言葉に、チラリと背後を見る。
エルガー帝国が宮殿に用意した、わたしが滞在する部屋。
寝室、前室、専用バスルームに加え、書斎があった。その書斎にルーカスと私はいて、ソファに座る私の背後には、ドンと大きな執務机が置かれていた。
その机には、確かにエルガー帝国内の貴族から届けられた求婚状が、山積みになっている。
「……婚約者か。わたしは婚約はせず、すぐに結婚する。よってこれは免除で」
「ダメですよ、陛下! 平民の結婚ではないのですから。陛下の結婚は国の行事。準備には最低半年、余裕を持つなら一年。準備期間が必要なんです。まずは婚約してください」
「婚約……。無理じゃないか?」
わたしの言葉にルーカスは口をへの字にした。
ルーカス自身だって分かっている。
自分と婚約したら、半年や一年も、もたないと。
勢いで結婚し、引くに引けない状況にでもならないと、収まらないと理解していた。
国内でも一時。
自分は”血塗られた玉座に君臨する王”と恐れられていた。だが貴族はすぐに即位したわたしに媚びるようになった。
長年社交界と政治を裏から牛耳っていた叔父……公爵が消えると。次は我こそはと権力を狙う。その第一歩が自身の娘をわたしに嫁がせることだった。
こうして即位後、続々と求婚状が届くようになる。
本来、求婚状は男性側から女性へ送るもの。
逆転現象が起きているのは、わたしが国王だからだろう。
下は生まれたての赤ん坊、上は祖母を超える年齢の女性の求婚状が届くのだ。これにはもう驚きしかない。
妙齢の令嬢たちは、宮殿で開催される舞踏会に現れると、お互いを牽制しあう。誰がわたしとダンスをするのかで揉める。
一度、適当に目についた伯爵令嬢をダンスのパートナーとして指名した。
彼女もその父親も、大喜びだった。
だが翌日。
伯爵邸は火事に遭い、その令嬢は火傷を負い、母親は避難時に転倒して骨折している。
つまり、だ。
わたしの婚約者に選ばれた令嬢は、王妃に収まるまでこういった嫌がらせ……嫌がらせの域を超えた危険にさらされることになる。それでもと求婚状を送るのは、権力を狙う親の身勝手。令嬢達はこの事件以降、わたしの婚約者に選ばれることが、光栄であり、恐怖にもなっていた。
だが親に歯向かうことなどできないし、わたしから指名されたら従うしかない。
舞踏会に自分が顔を出せば、令嬢達は嬉しいが、困ったという表情になってしまう。ダンスのパートナーに指名されたいが、されたくない。
それが分かるから、ダンスの相手はマダムばかりを指名した。しかも高位貴族の。マダムとは結婚出来ない。これなら何も起きないかと思ったら……。
マダムはダンスの最中、自身の娘の猛アピール。政治の道具にされる娘の気持ちなど、おかまいなしだ。
国内はそんな状況であるが、エルガー帝国の貴族達はこんな内情まで把握していない。それはそうだろう。自分のことは“血塗られた玉座に君臨する王”と評していたし、求婚状を渡すことなど考えていない。
対面で自分を見て、考えを改め、求婚状を送りつけてきたのだ。わたしが帰国したら、求婚状を届けることも困難になる。皇帝だって事前に干渉するはずだ。でも帝国に滞在中なら、帰国したわたしに届けるより、求婚状を渡しやすい。
外交目的で帝国にきているのだ。わたし自身、社交にオープンな姿勢を見せ、届けられる招待状は基本的に受け取るようにしている。
その結果が……まあ、この書斎の机に築かれた求婚状の山だった。
「婚約者が決まったら、護衛をしっかりつけます」
「……それだけでは無理では? 物理的な攻撃もするだろうが、遠まわしな嫌がらせも多いと思うぞ」
「それはそうかもしれませんが……」
ルーカスは口をもごもごさせてしまう。
腹心を困らすのは本意ではない。
そこで話題を変える。
「今日はこの後、ようやく自由時間だ。帝都へ繰り出そう」
「え、この求婚状に目を通さないのですか!?」
「帝都で運命の出会いがあるかもしれないぞ?」
これにはルーカスがハッとするも、すぐにこう付け加える。
「……平民はダメですよ、陛下! 国内貴族が反乱を起こします!」
「ああ、分かっているよ。とりあえず小腹も空いた。行くぞ」
こうしてわたしはルーカスと数名の近衛騎士を連れ、部屋を出る。そして廊下を歩いていると、宮殿の一画が賑わっていることに気付く。
「何か行事をしているのか?」
私の問いにルーカスは、すぐ近くにいる使用人に声を掛ける。
「第二皇子陛下の私的なバースデーパーティーが行われています」