37話:もしもの話
「こんなに早々に集まってくださっているのです。早速ですが、テストを始めましょう」
メイドが宰相スタンレーのティーカップに紅茶を注ぐと、彼はおもむろにそう言って私を見た。
「テスト、といっても陛下もいるこの場で、ペーパーテストを課すつもりはありません。口頭で、エッカート公爵令嬢、試させていただきます」
「分かりました」
そこで背筋をピンと伸ばすと、宰相スタンレーは「よろしい」という表情になる。
彼の経歴や人となりを調べたが、彼は勤勉な努力家だ。自身と似た雰囲気を持つ人物には、好感度を持ちやすい。
「もしもの話です。アルセス王国に突然大金が舞い込んだとします。その額は指定しませんので、自由に想像いただいて構いません。既に国家予算は組まれているため、その大金は臨時収入になります。エッカート公爵令嬢ならこの大金、何に使われますか?」
宰相スタンレーのこのテストの出題に、イグリスの眉が一瞬動いた。これは何か心当たりがあるのかもしれない。
でもそこは今は一旦頭から切り離す。
「考える時間も必要でしょう。ここには大変美味なスイーツも沢山並んでいます。食べないのも勿体ない。召し上がりながら、ゆっくり思案されるといい」
そう言った宰相スタンレーは、クリームたっぷりのケーキを自身のお皿にとった。
頭脳派で、脳を酷使する人は甘いものを好む。それは脳の疲れを甘いもので補給するためと前世で聞いたことがあった。
私はそこで宰相スタンレーと同じ、クリームたっぷりの木苺のケーキをとり、口に運ぶ。
チラッと宰相スタンレーを見ると、やはり嬉しそうにしている。
これはもうミラー効果だ。自分と同じものを選ぶ相手を無意識で好ましく感じる反応。
宰相スタンレーの動きにあわせ、ケーキを口に運ぶ。そしてテストの答えについて話すことにした。
「国家として手に入れたお金ですから、それは国民のために使うべきでしょう。国民にとって利益となることは、いくつかあります。医療設備を整え、病院を作る。産業の振興のために、技術開発を行う商会を支援する。汽車や馬車などの道路の交通インフラを整える。孤児院や高齢者施設に寄付する。どれも国民にとって有益なお金の使い道です」
「そうでしょうな。特に重視されるのはどれですか?」
「今申し上げた施策はどれも重視するべきですが、これらとは別枠で考えるべき、優先施策があります」
宰相スタンレーだけではなく、イグリスも前傾姿勢になった。
体の姿勢からも私への話の興味の度合いは分かる。
行動心理学の応用だ。
前のめりになっているのは、強い興味がある証。
さらに社会人として培ったプレゼン能力をいかし、たっぷり間をとり、答えを口にする。
「教育です」
「「教育」」」
宰相スタンレーとイグリスが唱和する。
「国の発展のため、人材の育成は欠かせないものです。どんなに優れた人材でも寿命がありますから、後進の育成が最重要となります。さらに国民にとっても教育を受けることで、生活の質の向上につながるでしょう。それに新たなアイデアを持つ人物が登場すれば、産業に革新がもたらされる可能性もあります。それは国内にとどまらず、国際社会での競争力の強化にもつながるはずです」
「つまりそのお金を使い……」
宰相スタンレーに促された私はその続きを口にする。
「学校を作ります」
「学校。それは大学ですか?」
イグリスまで興味津々で問い掛ける。
「大学も重要ですが、まずは平民の子供が通えるような学校を建てるのがいいと思います。基礎教育を国民が一律で学ぶことで、識字率が高まりますよね。読み書きができることで、労働の幅も広がります。それに貴族よりも圧倒的に平民の数の方が多いのです。その中に実は優れた才能を持つ者がいるかもしれないのです。学校ではそういった子供を見出すこともできます」
「つまりエッカート公爵令嬢は身分に関係なく、すべての子供たちに学ぶ機会を与えるべきとお考えなのかな?」
「はい。できれば無償で基礎教育を受けられる学校を国中に作り、すべての子供たちに学びの機会を与えられたらと考えます。長期的に見て、それは必ず国の発展につながりますから」
宰相スタンレーは両手を組み、私に尋ねる。
「そのお考えは帝国で皇族の一員になるために学んだことですか」
「違います。帝国の基本的な考え方は……皇族や貴族の生活が維持されることであり、国民については……いまだ前世代的な飴と鞭の考え方です。重い税金を課すが、娯楽として年に数度の祭りを用意したり、公営カジノを開設したり……。でもそれではダメだと常々思っていたのです。よってこれはあくまで個人的な考えですが……」
「なるほど」と答えた宰相スタンレーは、椅子の背もたれに身を預ける。
それを見た瞬間、私は少し焦る。
前傾姿勢の反対の行動は、その話に興味なしの合図。だが彼は私に体を向けており、左右のどちらかに、体が傾いていない。
これはまだ私の話に興味があるということだけど……。
「エッカート公爵令嬢」
宰相スタンレーがゆっくり口を開いた。






















































