32話:問題は……ない?【side 陛下】
エントランスでの出迎えが終わると、早速会議となった。
ミラはルーカスに任せ、わたしは事務方の補佐官と共に会議の席に着いた。
「それでは陛下が留守中、審議された案件を報告いたします」
ひとしきり報告を聞き、その場で判断できるものは答えを出す。即断できないものは、その理由に応じ、追加の資料の提出を求める。
「それでは陛下。エルガー帝国から取り戻したお金と名馬五十頭の件、改めて報告いただけますか」
「それについては自分が詳細の報告書をまとめていますので、報告させていただきます」
宰相スタンレーの問いに補佐官が応じ、席から立ち上がる。わたしは「任せた」と目で合図を送ると、補佐官は「御意」と頷く。
「まずエルガー帝国が我が国に預けていた宝石についてですが、ネックレスに使われていたダイヤの数が――」
補佐官の説明が始まると、それを聞きながら、エントランスでの出来事を思い出す。
スタンレー宰相をはじめとした重鎮達は、それぞれの分野でのスペシャリストでもある。とても優秀で大変な切れ者。
そんな彼らの度肝を抜くことにミラは成功した。
見た目はファム・ファタールだった。
さしもの切れ者達もミラを見た瞬間は男だ。鼻の下は伸びている。それでも理性を働かせ、いかめしい顔をした。
そこでミラが馬車を降りる際、わたしにしなだれかかったり、妖艶さをふりまけば……本心では舌なめずりしたいだろうが、表向きは咳払いをして威厳を保つ。
つまり男として、わたしがミラに陥落したのは仕方ないと思いつつも、苦言を呈さずにはいられなかっただろう。
だが。
ミラはそんな事態が起きないよう、完全にあの場を制した。
五か国語での挨拶。
しかもそれぞれの言語は、発音も完璧だった。
見た目とのギャップとも相まって、重鎮達は皆、衝撃で固まってしまったのだ。
スタンレー宰相がかろうじて動くことができたが……。
そのスタンレー宰相と目が合った。
「それで陛下は帝国から取り戻したお金の用途をどのようにお考えですか?」
「いくつかの案は用意してある。そもそも今年の予算に含めていない、臨時で取り戻すことになったお金だ。余剰金と考え、投資に回すのも一つの手であろう。国民への還元を考え、病院などの医療機関を整えるのでもいい。それぞれの大臣の意見も聞きたいと思っている」
わたしの言葉に各大臣が次々と口を開く。
「それならば鉄道の導入を一気に進め、馬車道を整備し、橋を架けるなど、交通インフラで使うのがいいのでは?」
「交通インフラよりも、やはり病院を増やすべきです。流行り病はいつ発生するかわからないのですから、病院はあるに越したことはありません」
「ですが交通インフラも病院建設も、今年の予算の多くが割り当てられています。そもそもの予算も少ない、美術館や博物館など、芸術振興に使うのはどうでしょう」
こんな感じでそれぞれの大臣が、ぜひ自分のところでと声をあげる。こうなるとこの場で決めるのは難しい。各自より具体的な使い道を含めたレポートをわたしに提出することとなり、この件は今日は一旦終了となる。
「続いては帝国の名馬五十頭を譲り受けた件。その中には牝馬も一頭含まれているそうで。帝国の馬は俊足で体力もあり、大変優秀。ゆえに大変高値で取引されています。しかもその価値を維持するため、取引量の調整もされている。よくぞ無償で手に入れましたな」
スタンレー宰相の言葉に、わたしは思わず口角が上がりそうになる。
これもすべてミラのおかげだった。
そこで名馬を手に入れた経緯を直接わたしから話すと……。
「なるほど。第二皇子というのは……発情期の獣のようですな。しかしエッカート公爵令嬢のような方であれば、第二皇子を狂わせることになってもおかしくないのかもしれませんが……」
そこでスタンレー宰相がその鋭い眼光でわたしを見る。それはつまりわたしが婚姻前に手をだしていないかの確認だ。
そこで咳払いをして、わたしはその疑念を払しょくする。
「ミラはとても美しい女性ですが、皆様が見た通り、皇族の一員になるべく高度な教育を受けています。五か国語の流暢な挨拶を皆さんも聞きましたよね? 彼女はとても聡明です。我が国についての造詣もとても深い。婚姻まできちんと乙女であることを守る女性です。そこはご安心ください」
この私の言葉に、多くの重鎮が同意を示す。
ミラはファム・ファタールな見た目であるが、十二年間英才教育を受けているのだ。聡明で美しく、しかも公爵令嬢。
これで重鎮達は、ミラとの婚約についてとやかく言うまい。
問題ないだろう。
そう思ったが……。
スタンレー宰相は腕組みをして、なんだか不服そうな顔をしている。
「陛下。確かにエッカート公爵令嬢は、元皇族の婚約者。幼い頃から厳しい教育を受けてきたのでしょう。ですが婚約を破棄されているのです。なんでも格下の令嬢を蔑むような言動をされたのだとか。新聞では彼女のことが“悪女”と書かれています」
「スタンレー宰相、ミラのことを悪女呼ばわりするのは、失礼だぞ。君は不敬罪の存在を知らないのか?」
「陛下、わたしは忠臣として発言しているだけです。本当にエッカート公爵令嬢が、殿下に相応しい令嬢であるのか。テストさせてください」
まいったな、と思う。
スタンレー宰相は自身の目で確かめない限り、ミラに合格点は出さないつもりだ。そしてわたしがこのテストを拒めば、場合によってはその職責を辞す可能性もある。
それだけ彼は真剣なのだ。まごうことなき忠臣としてわたしに仕え、いざとなれば自身の命を賭けられる男。ならば答えは……。
「分かったよ、スタンレー宰相。明日、ミラと話す場を設けよう」
「ありがとうございます、陛下」
スタンレー宰相が笑顔になった。






















































