30話:なんてことだろう。【side 陛下】
朝食後、紅茶を飲んで一息つくと、ミラは宮殿への到着時間を確認した。
「一時間後には着くと思いますよ」
「! 分かりました。では下船の準備をします!」
「それはメイドにさせればよいのでは?」
だがミラは「着替えもしたいので、先に部屋に戻りますね」と席を立つ。エスコートを申し出ると、「陛下はまだ紅茶が残っています。私のことは気にせずにどうぞお寛ぎください」と、退出してしまった。
着替え……。
確かに令嬢の着替えには時間がかかる。到着まで一時間と聞き、慌てる気持ちはよく分かるが……。
「あの淡い色合いの水色のドレス、清楚で大変お似合いなのに」
「ルーカスもそう思うか? わたしもあのドレスでいいのにと思うのだが……とはいえ、ドレスについて口出しするのは……。それにわたしのために着替えてくれると思えば」
「どうでしょう。陛下だけのためとは思えませんが。いきなり宮殿に着くと知って、そこから着替えを考えたようですし」
これには「なるほど」だった。もしや正装用のデイドレスに着替えるのか?
つい気になるが、ミラならどんなドレスでも似合うだろう。
「わたしはこのままでもいいのだろうか?」
「正直、陛下の服装を気にしている臣下は……いないのでは! 気にするのは令嬢達だけですよ」
「む。でもまあそうか……。別に今日のこのスカイブルーのスーツ、悪くないだろう?」
ルーカスはそこはちゃんと頷いてくれる。
「いつものアイスブルーのマントとも合うと思います」
そう言われると安堵出来た。
「では皆には下船に向け準備するよう、伝えてくれ」
「御意」
その後、自室に戻ることも考えたが……。
ラウンジで未処理の書簡に目を通すことにした。
自室ではなく、ラウンジを選んだ理由。
それはもしかしたら着替えを終えたミラが現れるかもしれないからだ。
「陛下は健気ですね。権力の座のトップにいるのに。力づくでどうとでも出来る立場を利用しないなんて」
「わたしは横暴な独裁者にはなりたくない。それにミラは第二皇子に散々翻弄されたんだ。立場を利用するなんて、最も彼女を傷つけること。そんなことは絶対にしたくない」
「それでどうなんですか? 婚約者殿は本当に陛下の婚約者になってくれるのですか?」
ルーカスが耳元で囁くが……。
「取引からわたし達の婚約はスタートしました。ですが取引とは関係なく、本当に好きなのです。わたしの本物の婚約者になってくれませんか」と急にわたしが言い出したら……。
前言撤回するには早過ぎると思う。
ミラとじっくり話すことが出来たのは、この飛行船が初めてだった。とてもいい雰囲気でミラと過ごすことが出来たが……。
焦りは禁物。
時間はまだある。
「ルーカス、安心しろ。わたしはこれまでも有言実行だっただろう?」
「それはそうですね。でもそれは政治の場での話。恋愛は……」
「大丈夫だ。わたしを信じろ」
そうしている間にも、飛行船は順調に航行。ミラはラウンジに姿を現すことはなく、結局間もなく着陸となった。
「よし。着陸したな、ルーカス」
「はい、陛下」
「ミラを迎えに行く」
念の為、着替えは完了したかのか。メイドに先に確認させた。すると「ギリギリですが、完了しました」とのこと。
ラウンジに姿を見せないことで、少し不安になっていた。だがどうやら準備に時間がかかっていただけだと分かり、胸を撫で下ろす。
まったく。一国の国王なのに、こんな些末なことで一喜一憂するとは。
自分でも驚きだが、ミラを思う気持ちは全て尊く感じてしまう。
「ミラ、遂に到着しました」
彼女の部屋に向かい、ノックと共に声を掛けると──。
扉を開けたメイドの後方で、椅子から立ち上がるミラは……。
朝食の時とは一転している!
第二皇子のバースデーパーティーの時のような、ロイヤルパープルのドレスを着ていた。ドレスの色が濃いため、それに合わせたのだろうか。メイクも先程より濃くなっている。しかもつけぼくろを涙袋につけることで、なんだかとてもセクシーさを感じてしまう。髪はサイドでアップにしており、目元の雰囲気まで変わって見えた。つまり少し釣り目になったように思え、それもまた艶っぽい。
「ミラ……」
「陛下、お待たせいたしました。約束の役目はきちんと果たしますので、ご安心ください」
そこで悠然と微笑んだミラは……。
なんてことだろう。
さっきまでの清楚な面影はすっかりなくなり、今のミラはまるで……ファム・ファタールだ。
「美しく、運命の相手と思えるが、その実は毒を持つ花。男を破滅に導く魔性の女……さながらそんなところでしょうか」
ルーカスが後ろで独り言のように呟くが、まさにその通り。
毒を以て毒を制す。悪女には悪女を。
そのためにミラと取引をしたわけだが……。
その姿に圧倒され、ゾクゾクする。
デイドレスなので、露出は少ないはずだが、体のラインは隠しようがない。
悪女であることを願い、ミラはそのわたしの願いに応えようとしている。噂に違わない悪女だと、一目で分かる姿になってくれた。
自身が悪女であることを、それをイメージする衣装をまとい、より高めるつもりなのだろう。
このミラを見たら、わたしが骨抜きになり、即婚約したとしても……多くが納得するはずだ。
ただ、少し心配だった。
見た目はもうファム・ファタール。
だが実際のミラは、濡れ衣を着せられたようなもの。聡明で優しく、悪女とは程遠い。
いや、心配するぐらいなら、全力でわたしがミラを守ろう。






















































