3話:ひゃっほーい!
『悪役令嬢ミラ・マリー・エッカートは、修道院送りになりました。これで第二皇子の攻略は完了です! この後、薔薇の花を5個集めることで、第二皇子との秘密花園ルートを解放できます』
スマホ画面にこのメッセージが表示された瞬間。
「ひゃっほーい!」と思わず呟き、万歳してしまう。
これで攻略対象五人はクリアできた。
あとは薔薇の花を集めれば、秘密花園ルートを解放できる。
時計を見ると深夜2時。
大学で心理学を学び、卒業後、大手メーカーの人事部に配属された。世の中の流れに乗り、社内で副業が認められるようになった。本業に加え、副業をして、そして乙女ゲームを楽しむ。
そんな生活だと一日は二十四時間では足りない。
そこで先程チラリと見たネットニュースのタイトルを思い出す。
『副業で過労死した場合、労災は認められるのか?』
過労死する程、副業をしているつもりはないけれどね。
そこであくびをした私は、激しい頭痛に襲われた。
そして世界は暗転する。
だがハッとして目を開けると。
目に飛び込んできたのは、日本でお見かけすることがほとんどない天蓋付きのベッド。さらに目を動かすと、アラベスク文様の壁紙が見え、豪華な額縁に飾られた絵画も見える。
「!」
暖炉も見え、勢いよく炎が燃えている。
なんだか中世をモチーフにしたホテルのベッドで目覚めたように感じ、そこで突然――。
脳裏に次々に映像が流れ込んでくる。
な、これは……!
しばらくの後、私はすべて理解した。
「私、転生したんだ」
この声は、前世の私の声ではない。
この世界、乙女ゲーム『プリンセス・シュガー・タイム~甘々な恋を君に~』(通称“甘恋”)に登場する悪役令嬢ミラ・マリー・エッカートの声だと理解できた。
甘恋をプレイしている時、音を消していることも多かった。でも甘恋はアニメも放送されていたから、主要人物達の声は耳に残っていた。
ああ、なんてこと!
私、甘恋の世界に転生していたなんて!
しかも婚約破棄され、断罪……修道院送りか白の塔への幽閉を言い渡される状況で覚醒するなんて……!
詰んだ後に前世意識が戻ったことに驚愕するが、ちょっと待って。
ヒドイ頭痛を感じ、ミハイルから最後通告をされると同時に意識を失ったと思う。大理石の床に激突する……と思ったが、そうならなかったのは……。
誰かに体を支えられたのだ。
あの時、ふわりといい香りを感じた。
少し甘いバニラのような香りだった。
というか、ここは宮殿なの!?
がばっと起き上がると、毛布がずれる。ミハイルのバースディーパーティーの時のドレスを着たままであることに気付く。ただ、いくつかホックやボタンが外され、体を楽になるようにしてくれている。
状況も、どれだけ気絶していたかも分からない。
ただここがどこであろうと、運んでくれた人には御礼をした方がいいだろう。
チラリと見るとサイドテーブルに水の入ったカラフェとグラスがある。これは自由に飲んでいいのだろう。
ということでグラスの水を飲み、深呼吸。
もうあの激しい頭痛はなくなっていた。
安堵し、ベッドから降りる。
カーテンを開け、窓から外を見た。
茜色の空が見えている。両開きの窓を少し開けると……。
ヒンヤリとした空気が室内に入り込んでくる。
春を迎えたばかりで、まだ肌寒い。
これは庭園……宮殿の庭園だわ。
ということはこの部屋は宮殿の一室。
でもベッドがあるということは滞在用の客間だ。
ミハイルのバースデーパーティーに、客間に滞在するような来客はいなかった。隣国の大使の令嬢令息はいたが、彼らは帝都に屋敷がある。
ただ、いろいろな事情で帰れなくなった場合に備え、招待客用の部屋は確保していた。しかしこんなに豪華な部屋ではなかった。
その辺りを把握しているのは、私がミハイルのバースデーパーティーの準備を手伝っていたからだ。
ミハイルは婚約者である私に、本来自身がするべきことも任せることが多かった。「ミラは優秀だから、これぐらい簡単にすぐできてしまうだろう?」と言って。
前世記憶が覚醒した今だから冷静に考えると。
既に男爵令嬢オリヴィア……すなわち甘恋のヒロインとミハイルは恋仲になっていたのだ。
オリヴィアと過ごす時間が欲しくて、面倒なことを私に押し付けていた……ということに今気付いても、それは後の祭り。
だからそれはいい。
全ては終わったこと。
これが婚約破棄される前だったら、前世記憶もある。
何かしたかもしれない。
しかしこうなっては、時、既に遅しだ。
ということで改めて自分がいるこの寝室について考える。
私がいるのは専用の寝室であり、これ以外にも前室があり、かつ専用のバスルームも用意されているはずだ。
つまりは賓客用の客間……。
主に、国外の王族や皇族のために使う部屋だ。
え、まさか。
今、エルガー帝国に滞在している王族はあの一人しかいない。
“血塗られた玉座に君臨する王”と言われていたが、気づいたら“美貌の若き王”に呼び方が変化していたイグリス・カイル・アルセス国王! ミハイルと同じ年ながら、イグリスは即位し、国王としてこの帝国に滞在していた。
え、なぜ私はイグリスの客間の寝室にいるの?
彼はミハイルのバースデーパーティーには、招待されていないはずなのに……!