25話:これはすごい!
帝国での最終日はいろいろあったものの。私が早くアルセス王国へ帰りたいとリクエストすると、イグリスは見たこともない甘い表情を浮かべ「勿論ですよ、ミラ」と快諾してくれた。
この時の私はこのイグリスの表情に非常にドキドキさせられてしまい、大変だった。なんとか激しい鼓動を落ち着かせようと、名馬が五十頭手に入り、それできっとご機嫌なのだわ……と思うようにしたり。
そんな一幕もあったが、当初の予定通り。
舞踏会の翌日、帝都を出発し、アルセス王国を目指すことになった。
両親は舞踏会での騒動に驚いていたが、ちゃんと出発できることに、心から安堵してくれた。そして父親はこんな風にも言ってくれたのだ。
「たとえ離れ離れでも、文のやりとりはできる。自分達が家族であることに変わりはない。結婚式でまた会おう、ミラ」
さらに父親だけではなく、シルフィー男爵令嬢、ハーモニー伯爵令嬢、ミンティー子爵令嬢も駆けつけ、見送りをしてくれたのだ。
私はこの時、水色のドレスを着ていたのだけど。三人もデザインや色の濃淡こそ違うが、水色のドレスを着ていたのだ。驚く私にシルフィー男爵令嬢が三人を代表し、その理由を教えてくれた。
「アルセス国王陛下は、とても美しい碧い瞳をされているので、きっとエッカート公爵令嬢も、碧い色のドレスを着るのではと思ったのです。そこで見送りをするなら、お揃いにしようとなって。まさに読み通りになり、嬉しいです! そしてこれは三人がそれぞれ書いた手紙。せっかくエッカート公爵令嬢と仲良くなれたので、これからも……よろしくお願いします」
そう言って涙を浮かべるシルフィー男爵令嬢から手紙の束を受け取った時は……。
私も泣きそうになっていた。そしてつい気持ちが昂り、またも「結婚式にはぜひ来てください」と言ってしまったのだ。
遂、自分の立場を忘れてしまう。
イグリスと私はかりそめの婚約。彼と本当に結婚式を挙げるのは、私ではないのに!
そんなこともあったが、無事、帝都を出発できた。
エルガー帝国からアルセス王国へ向かうルートは、陸路と湖を横断するルートがあった。
陸路は山を越える必要があるので、時間がかかる。
最短ルートは湖を船で横断する方法だった。
国境の代わりのように、広がる湖はとても巨大だ。
海に面せないエルガー帝国にとってこの湖は、貴重な水資源となっている。飲み水は勿論、魚介類はこの湖で水揚げされ、帝都まで運ばれていた。
といっても湖の利権はアルセス王国と半分となっている。かつてはその利権を丸ごと帝国のものにしようと、度々戦が起きていたが、今は半分で落ち着いていた。
つまり出発時はエルガー帝国だが、湖の中央が国境であり、対岸に入港するとアルセス王国となる。
帝都を出発し、湖に向かったのだ。当然、船に乗るのかと思ったら……。
「我が国の最新の乗り物、飛行船でエルガー帝国へやってきました。湖を船で横断すると三日かかります。湖は巨大ですからね。ですが飛行船を使えば、約二十時間で到着します」
コバルトブルーのセットアップ姿のイグリスからこの説明を聞くと「これはすごい!」と感嘆してしまう。
まさか飛行船があるとは!と驚いてしまうが、ここは乙女ゲームの世界。そのおかげでトイレもお風呂も、いわゆる前世の中世とは違っている。
手動式シャワーがあり、汲み取り式トイレがあるのだ。そこは不便がなく、大いに助かっていた。
ゲーム制作陣に史実と違うやん!という気はない。史実通りだったら本当に大変だから!!!
それはさておき。
随行している兵士や騎士の一部は船での帰国となる。飛行船の定員はそこまで多くないからだ。ただ、その分。約二十時間の空の旅を快適に過ごせるように、客室以外にもレストルーム、シャワールーム、ダイニングルーム、ラウンジが用意されており、飛行船専用の使用人も搭乗するのだ。
これを聞くと俄然気分が盛り上がる。
それに前世でも飛行船には乗ったことがない。まさに初の飛行船体験なのだ。
「陛下、飛行船は初めて乗ります。とても楽しみです!」
「それは良かったです。怖い……とは思いませんでしたか?」
前世には飛行機があり、東京へ向かうため、当たり前のように利用していた。怖い……と感じることはなかった。だが冷静に考えれば、この世界で乗り物は馬車が主流。
いきなり空を飛ぶと言われたら、普通は怖く感じるのかしら……?
でもここで「やっぱり怖いです」と言うのも変な話。
「怖いより、好奇心が勝ったようです。しかも地上の屋敷と変わらないレベルの設備があり、使用人もいるというのですから……。早く乗りたい気持ちが強いです!」
私がそう言うと、イグリスは満面の笑顔になる。
「ミラにそう言っていただけて良かったです。もし怖いので乗りたくないと言われたら、船で帰国するつもりでした。そのための備えもしていたので。好奇心旺盛なミラは、とても魅力的です」
そう言うとイグリスは私の手を取り、甲へとキスを落とす。
一連の動作がとてもスマートで、胸がドキドキしてしまう。
婚約者だと見えるようにするため、イグリスには適度なスキンシップをとるようにしてもらっている。これは必要だから行っているだけで、私への特別な感情はないのだ。
そう言い聞かせても、心臓が高鳴ってしまうのは……それはやはりイグリスが素敵だからだろう。
こんな素晴らしい相手と、かりそめの関係を演じるなんて……。
胸に切ない気持ちが込み上げるが、それは呑み込む。
これからいよいよ“悪女”として、エルガー帝国へ乗り込むのだ。悪女であり、ちゃんとイグリスと婚約していると思われないといけない。さらに失敗は許されないのだ。
ときめいている場合ではない!
「では用意ができたようです。乗船しましょう」
イグリスは再び私の決意が揺らぎそうになる秀麗な笑顔と共に、私へ手を差し出した。
お読みいただき、ありがとうございます!
いよいよ第二部スタートです。
あくまでかりそめの婚約と思うミラ。
一方のイグリスは……。
今日からまた、胸をキュンキュンさせながらお楽しみくださいませ☆彡






















































