23話:雷が落ちる
突然現れたミハイルに呼び止められ、何を言われるのかと思った。やたら部屋に行こうと言われることも不快でしかない。
ミハイルの婚約者だったのは過去のこと。
今はお互いに婚約者がいて、赤の他人なのだ。
部屋で異性と二人きりなんてとんでもない。
それに……理解している。
ミハイルがあちらの欲求が強いことを。
近衛騎士を同席させても、いくらでも退出させることができるのだ。絶対にミハイルと二人きりになってはいけない。
だが――。
「ミラ。穏便にしようと思ったが、君がそんな態度だと強硬手段をとるしかない。そこの部屋へ来てもらう」
やはり私に手を出すつもりなんだ!
しかもミハイルの近衛騎士に口を押さえられ、手を掴まれてしまう。
イグリスがつけてくれている護衛騎士は、ミハイルの近衛騎士に剣を抜かれ、衝撃を受けている。
ここで剣を交えることがあれば、両国の外交問題にだってなりかねない。それにこのままミハイルが暴挙に出て、何が起きたかイグリスが知ったら――。
イグリスと私はかりそめの婚約者同士。
でも世間はそう思わない。
国王の婚約者が他国の皇子に手を出され、黙っているわけにはいかないはず。
戦争が起きる可能性もある。
違う。
ミハイルはこんな醜聞を明かすことはないと思って、この暴挙に出たのでは!?
つまりアルセス国王の婚約者が、元婚約者と関係を持ったなんて、恥ずかしくて公表できない──そう思っている。むしろ既に私とミハイルは婚約中からそういう関係だったのに、何を今さらと言い出す気もした。
心底ミハイルに愛想が尽きた時。
思わぬ闖入者が姿を見せた。
それは――ヒロインであるオリヴィア!
オリヴィアはミハイルが私を連れ込もうとした部屋が、内鍵の部屋であることを暴露した上に、そこで以前、関係を持ったことまで明かしたのだ。
衝撃だった。
まさかとは思ったが、二人がそんな関係に既になっていたことに。皇族の一員になるのだ。しかも甘恋のヒロイン。寸止めしていたのではと思ったが、そんなことはなかった……!
それにもしかすると二人は……私がまだミハイルの婚約者だった時に、そういう関係になったのでは!?
「私がいるのに、捨てた女のことを未練がましく眺めて! もしや明日は旅立つこの女に手を出すつもりだったのでは!?」
「な、なんてことを言うんだ、オリヴィア! そんなわけないだろう! 僕には君がいるんだ」
白々しい茶番にうんざりしかけた時。
「エルガー第二皇子、これはどういうことでしょうか? 私の護衛騎士が貴殿の近衛騎士に剣を向けられているようですが」
よく通る凛とした澄んだ声に、その場にいた全員が背筋を伸ばす。
まだ19歳。でもイグリスの声には美しさだけではなく、威厳が感じられる。
「それに、わたしの婚約者をどうかすると聞こえたのですが。もしこれが本当なら。エルガー第二皇子はわたしに宣戦布告されるおつもりですか?」
イグリスの碧い瞳は氷のような冷たさを帯びている。その瞳を向けられたミハイルは……。
口をパクパクさせ、声が出ない。
さらにイグリスは眼光を鋭くさせ、私の手や口を掴む近衛騎士を一瞥した。その一瞥で近衛騎士は私から手を離し、口から手を外し「申し訳ありません」と深々と頭を下げる。
しかしイグリスは──。
「謝罪するということは、申し訳ないことをしたと認めたことになります。そして部下の失態は仕える主が負うべきこと。近衛騎士、第二皇子を捕らえていだだけますか?」
「なっ、貴様、越権行為だぞ!」
「そうでしょうか、皇帝陛下」
驚いた。
ルーカスに連れられ、皇帝陛下がこちらに歩いて来ている。皇帝にとっての最悪は、客人であるイグリスの前で、ミハイルの近衛騎士が剣を抜いたままでいること。
これほどの非礼はない。イグリスが暗殺されかけたと訴えたら、大変なことになる。それこそ本当に。戦争になってもおかしくない。
「ミハイル、これはどういうことだ?」
皇帝の声は怒りで震えている。
「ち、父上、これは……」
「近衛騎士、今すぐミハイルを捕え、皇宮に閉じ込めよ! 許可を出すまで一歩たりとも皇宮から出すことを許さぬ」
「お、お義父様、お待ちください! ミハイル殿下は」
オリヴィアがすがりつくが、金蔓と戦争を天秤にかけた時。戦争で失うものの多さを皇帝は瞬時に理解した。
「うるさい! 婚約者諸共閉じ込めよ!」
皇帝はこれまで、オリヴィアの諸々に目をつむっていたのだろうが。もう我慢ならない状態になったようだ。
ミハイルとオリヴィアは近衛騎士に捕えられ、弁明をしながら廊下を連れられていく。
その後はもう大変。
皇帝は謝罪を繰り返し、最終的にイグリスは──。
非礼のお詫びとして、帝国の名馬50頭を手に入れた。






















































