19話:突然話しかけられた。
思いがけず、イグリスの評判を上げることになった。そのことを彼が喜んでくれているのなら……。
それはそれで良しとしよう。
そんな風に思っていた矢先のこと。
「私、シルフィー男爵の長女、マキアと申します。そ、その、よかったら少しあちらで飲み物を頂きながら、おしゃべりしませんか。私の友人のハーモニー伯爵令嬢やミンティー子爵令嬢も一緒にどうでしょう? 突然、厚かましい申し出ですが……一度、お、お話してみたかったんです」
そんな風に突然話しかけられた。
茶色の柔らかそうにウェーブした髪に、琥珀色の瞳……シルフィー男爵令嬢とは初めましてだった。
その後ろには金髪碧眼のハーモニー伯爵令嬢と、ブルネットにヘーゼル色の瞳のとミンティー子爵令嬢がいる。この二人は会釈はしたことがあった。会話したことはないけれど。
「ミラ、ぜひ飲み物を飲みながら、こちらのシルフィー男爵令嬢と話をしてみたらどうですか? わたしは少し皇帝と話をしてきます」
イグリスもそう言ってくれるので、私は三人の令嬢と話すことにした。
ミハイルの婚約者だった時。
同年代に近い令嬢と舞踏会や晩餐会で会話するのは稀だった。なにしろ皇族として社交をするので、彼女達の両親とばかり、会話していたからだ。
よってこうやって隣室へ移動し、同年代の令嬢と飲み物を手に話すのは、初めてのこと。
嬉しい反面、ドキドキもする。
何を話しかけられるのかと。
「全員飲み物は手にしていますね。ではまずはエッカート公爵令嬢のお祝いの乾杯を。ハーモニー伯爵令嬢、お願いします」
シルフィー男爵令嬢に促され、ハーモニー伯爵令嬢が乾杯の音頭をとり、皆でクランベリージュースを口に運んだ。
「突然、声を掛けてすみません。特に話したいことがあるわけではないんです。ただ、お話したいと思って声を掛けてしまい……」
てっきり婚約破棄の件やイグリスとの婚約について聞かれると思ったら……そうではなかった。
ただ話したいと思い、声を掛けてくれるなんて。話題なんて私は社交慣れしているので、いくらでも提供できる。
「三人とは初めましてですから、まずは簡単に自己紹介にしましょうか。お名前は分かるので、趣味について一言ずつ話しませんか?」
私がそう切り出すと、三人とも安堵の表情になる。
そして会話が始まった。
個人差もあるが、女性は少人数で楽しくおしゃべりが好きなのだと思う。前世でも井戸端会議なんて言葉があったぐらいなのだ。ちょっと顔を合わせれば、会話が始まる。
最初は少し緊張もあったが、いざ話し出すと次第にリラックスして四人でおしゃべりができた。
話題は本当に他愛のないことだった。
帝都にできた新しいスイーツショップのこと。この春の流行色やドレスのデザインのこと。今、人気のロマンス小説の話……などなどだ。
誰それが付き合っているとか、不倫したとか、別れたとか。そんなゴシップは話題に上がらない。純粋に、この年齢の女子が興味を持つ話をできた。
ひとしきり話して笑い合った後。改めた様子でハーモニー伯爵令嬢が私を見た。
「今日、初めてエッカート公爵令嬢と話すことが出来て本当によかったです。私、ご令嬢のこと、誤解していました。ごめんなさい」
これには驚いてしまったが、間髪を入れず、ミンティー子爵令嬢も口を開く。
「私もです。挨拶しかしたことがないエッカート公爵令嬢だったのに。レッテル貼り、うがった見方をしていたと思うんです。ごめんなさい」
シルフィー男爵令嬢が突然の二人の謝罪の意図を教えてくれる。
「宮殿の舞踏会に参加する度に、エッカート公爵令嬢について話を聞くことになったのです。それは本人に聞かれないような、ひそひそ話で。ペーシェント男爵令嬢にヒドイ態度をとっていると」
これには「ああ……」と思う。ミハイルが皇帝に頼み、宮殿で開かれる舞踏会で私を貶める話を広げたのだろうと思ったが、やはりそうだった。前世で言うなら情報戦を社交界で繰り広げたわけだ。
「私も含め、ハーモニー伯爵令嬢もミンティー子爵令嬢も。エッカート公爵令嬢とまともに会話をしたこともないのに。繰り返しその話を聞かされ、次第に信じてしまい……」
ミハイルが念入りに私の悪い情報を社交界に流し続けていたのかと思うと……。
いくら彼の求めに応えなかったとはいえ、ヒドイと思わずにはいられない。
「でも第二皇子殿下のバースデーパーティーでお会いした令息に、自分で見聞していないことを信じるのですか――と問われ、目が覚めました。エッカート公爵令嬢の人となりをろくに知らないのに、一方的な話を信じていると、気が付くことができたのです。本当に申し訳なかったと思います。ごめんなさい」
シルフィー男爵令嬢が深々と頭を下げ、ハーモニー伯爵令嬢もミンティー子爵令嬢もそれに倣う。私は「お気持ち、よく分かりました」と頭を上げることを申し出る。
しばし謝罪をした後、三人はゆっくりと顔をあげた。そしてシルフィー男爵令嬢は……。






















































