18話:A picture is worth a thousand words【side 陛下】
ミラには本当に驚かされてしまった。
これだけ清楚な姿をしているのに。悪女を演じようとしていたとは。
羊の皮を被った狼を演出しようとしたのだろうが……。この姿でそれは無理だ。
人間は視覚から得る情報に多大な影響を受ける。
A picture is worth a thousand words(百聞は一見に如かず)――だ。
どうしたって今のミラは悪女には見えない。清楚な乙女であり、その姿は……悪女の真逆にいそうな聖女のようなものだ。
それにここにいる貴族達は、ミラが過去にしたこと、男爵令嬢の名誉を汚した行動を目の当りにしたわけではない。社交界のコソコソ話を聞き、なんとなく信じていただけ。
もしもこれまでのような濃いパープルや深紅の露出の多いドレス、少し強めのメイク、そしてアップにした髪型で、ブルーダイヤモンドの話をしたら……。聞いた貴族は今とは違う印象を受けただろう。
本当にミラは。
愛らしい悪女だ。
「あ、あの、エッカート公爵令嬢!」
ミラに話しかけるのは、わたしが第二皇子のバースデーパーティーでダンスをした男爵令嬢ではないか。
「私、シルフィー男爵の長女、マキアと申します。そ、その、よかったら少しあちらで飲み物を頂きながら、おしゃべりしませんか。私の友人のハーモニー伯爵令嬢やミンティー子爵令嬢も一緒にどうでしょう? 突然、厚かましい申し出ですが……一度、お、お話してみたかったんです」
これを見たわたしは、蒔いた種が芽吹いた気持ちになる。
このシルフィー男爵令嬢は、社交界で聞いたミラの悪女話を疑うことなく信じていた。だが自分とダンスし、「実際に見ていないことを信じるのですか」と問われ、一歩踏み出すことにしたのだろう。
それに今日のミラなら、いつもより話しかけやすい雰囲気がある。
何せ普段のミラは、その見た目が気高過ぎて、話しかけにくい。わたしは自身の立場もあり、あまり気にしていないが。普通はそうはいかない。でも今日のミラは違う。
「ミラ、ぜひ飲み物を飲みながら、こちらのシルフィー男爵令嬢と話をしてみたらどうですか? わたしは少し皇帝と話をしてきます」
ミラは社交の重要性が分かっている。ゆえにわたしのこの言葉に素直に「そうしますね、陛下。お気遣い、ありがとうございます」と微笑む。
その微笑みが可憐で、前言撤回して二人きりになる場所へ行こうと言いたくなるが、ここは我慢。今日のミラには正直、わたしもメロメロだった。
ミラを見送り、宣言通り、皇帝に話しかける。会話をしながら、第二皇子とその婚約者である男爵令嬢に目をやると……。ダンスを終えた二人は、お互いにパートナーチェンジし、ダンスを続けている。だがダンスをしながらお互いに目が合うと……。
二人とも目が吊り上がり、間違いなく険悪な雰囲気。
苛立ちの要素が重なり、お互いに堪忍袋の緒が切れる寸前か。
「陛下のロビー活動が功を奏したようですね」
皇帝との話を終えると、ルーカスが話しかけてきた。
濃紺の隊服をパリッと着こなしたルーカスを、チラチラと見る令嬢もいるが、一切関知せずでわたしに付き従う。真面目一辺倒のルーカスは婚約もしていないが……。
わたしも婚約したのだから、ルーカスもそろそろ本腰をいれ、婚約相手を探すといいのに。というか、散々求婚状を含め、わたしに結婚するよう口うるさかったのだ。
今度はわたしが……。
「ところで陛下。ダンスをされている間に朗報が入りました」
ルーカスに耳打ちされた話を聞き「読み通りだったな」と思う。
「いいカードを手に入れた。切るタイミングは考えよう。ところであの第二皇子に関する情報は何か手に入ったか?」
するとルーカスは肩をすくめ「ええ、そちらは簡単に手に入りました」と報告してくれる。
「第二皇子は見た目はあの通り。令嬢に好まれる姿です。学生の頃は生徒会長も務め、品行方正で通していたようですが……。裏の顔があります」
「皇族の一員でありながら裏の顔を持つとは。許しがたいな」
「どうも火遊びを裏で沢山していたようです。あちらの欲求が強いようで。十八歳になってからは、お忍びで高級娼館にも足繁く通っているみたいですが……指名する娼婦に細かい指定があったそうです。シルバーブロンドで、瞳は青紫色。小顔で首も手足もほっそり。でも胸は大きく、スタイルがよくないとダメだというのですが……」
それを聞いたわたしはすぐに一人の女性の姿が浮かぶ。
「……それはまさにミラのような容姿の娼婦を求めていたということか?」
「そのようです。エッカート公爵令嬢は……自分も今日よりミラ様と呼ばせていただきますが、陛下の婚約者となり、それ以降観察する限り。身持ちは堅い。あちらの欲求の塊とも言える第二皇子からいくら求められても、『ノー』を貫き通したと断言できます。そこがあの第二皇子としては、許せなかったのでは? それもあり、当てつけ的にあの男爵令嬢との婚約に踏み切ったのかと」
心底思う。
ミラは婚約破棄され、正解だったと。
第二皇子はクズだと思いながら、ダンスフロアを見るが、その姿がない。男爵令嬢の方はダンスを続けている。
「……ルーカス、ミラの護衛を騎士達と交代しろ。ミラのことは二人体制で護衛し、何かあったら即わたしに報告するように」
「御意」
もしかすると何かが起きるかもしれない――。






















































