17話:物欲し気な視線
イグリスとのダンスは……とても心が満たされ、幸せいっぱいな気持ちになれた。
彼にとっての晴れ舞台。
かりそめの婚約であろうと、せいいっぱい想いを込めて踊ることにした。イグリスもそれに気が付き、全力で応えてくれる。
ダンスをしているその時間。
イグリスと私は確かに恋人……相思相愛の二人だったと思う。
これがダンスの時だけではなく、永遠と続く関係だったらいいのに……。
そんな風に考えてはいけない。
修道院に送られるか、幽閉されるか。そんな状況を救ってもらったのだ。今度はその恩返しをする必要がある。彼はそのために、ブルーダイヤモンドどころか宝石商やいくつかのブティックを丸々買い上げてくれたのだ。
気持ちを切り替え、フロアの中心から移動しながら、周囲の様子を確認すると……。
なんだか熱い視線を感じる。
それはイグリスと私にそれぞれ送られるものだ。
「!」
ミハイルの物欲し気な視線に鳥肌が立つ。
まだミハイルの婚約者だった時。一線を越えたいと口にしたミハイルは、今と同じ顔をしていた。
ヒロインであるオリヴィアと婚約しているのに。
悪役令嬢の私に未練があるの!?
……違うわ。
感情での未練ではない。
私の体への……肉欲の未練だ。
心底ウンザリしかけたが、ミハイルが私を見ていたことにオリヴィアが気づいた。
ヒロインとは思えない鬼の形相となり、ミハイルに食って掛かっている。ミハイルは辟易しながらも、手を差し出していた。皆がダンスを始めたので、オリヴィアとも踊ることで、誤魔化そうと考えたようだ。
「ミラ、素敵なダンスをありがとうございます。今宵、君とこんな素晴らしいダンスを踊れたこと。わたしは生涯忘れないと思います」
イグリスの言葉に自然と笑顔になり、言葉が口をつく。
「私も今晩、陛下とダンスをしたこと。一生忘れません。静かな余生の中で思い出し、幸せに心が満たされると思います」
たとえイグリスが本命と結ばれる日が来ても。今日のダンスでは確かに心は一つだったと思う。その思い出を胸に生きていこう。
こうしてフロアの端の方まで移動すると、いきなり貴族達に囲まれる。
「エッカート公爵令嬢、とても素敵なダンスでしたわ。それにそのネックレスにイヤリング、そしてブレスレット。大変素敵ですが、一体それはどうされたのですか?」
素早く目を走らせると、オリヴィアと仲の良い令嬢の姿も目に入った。
今、オリヴィアとミハイルは大変険悪な雰囲気でダンスを始めている。
だがここでこのブルーダイヤモンドについて話せば、オリヴィアと仲の良い令嬢からすべては伝わるだろう。間違いなくオリヴィアは悔しがるし、ミハイルに文句を言うはずだ。
イグリスを見るとウィンクする。
つまりここで話すといいと、同意を示してくれていた。
そこで私はオリヴィアとミハイルをぎゃふんと言わせるためと、課された悪女の役目を果たすことにする。
「このブルーダイヤモンドは、陛下が私に贈ってくださったのです」
「まあ、アルセス国王陛下が!」
「そうですの。私と婚約するなら、この国で一番高い宝石を贈って欲しいわ、とお願いしたら……こちらをプレゼントしてくださったのです」
国王に散財させる悪女アピールをしてみた。
「なるほど。それでこのブルーダイヤモンドをプレゼントしてくださるなんて、アルセス国王陛下はさすがですね」
「アルセス国王陛下なら、これぐらいの買い物、痛くも痒くもないでしょう。アルセス王国は豊かな国ですから」
「エッカート公爵令嬢のような女神であれば、この国で一番の宝石を得ても、当然と思えます」
この反応にはビックリ。
散財させる悪女アピールをしたのに、普通に受け入れられてしまった。
「で、でも、それでは足りないと思って、陛下にさらにおねだりをしたのです! せっかくなら宝石商ごと買って欲しいわと」
「まあ、なんて大胆なのでしょう! それでアルセス国王陛下は何と返事をされたのですか?」
「快諾してくださいましたの! さらに王国で困らないようにと、いくつかの私の御用達のブティックも、店ごと買い上げてくださって……」
さあ、散財する悪女と社交界で噂を広めて。アルセス王国にも広まるぐらいに!
「まあ、なんてアルセス国王陛下はお優しいのでしょう!」
「気前よく婚約者にプレゼントできるアルセス国王陛下は、なんて頼もしいのかしら」
「これでアルセス王国に行かれても、エッカート公爵令嬢も困りませんね!」
な……どうしてこんなにみんな、好意的なの!?
どうして傾国の美女と思わないのかしら!?
「それにそこまでされるということは。アルセス国王陛下は、エッカート公爵令嬢を心から愛しているのでしょうね」
「本当に。そこまで愛していただけるなんて、女冥利に尽きますわ」
「まさに相思相愛なんですわね~」
悪女認定してもらえない……!
悪役令嬢なのに、そんなことってある!?
少し困惑してイグリスを見ると、彼は笑いを堪え、涙を拭っている。
イグリス、笑いごとではないのに!
私の悪女の噂が広まった方が、イグリスにとっても都合がいいはずなのに……と思ったら。
そっと耳元にイグリスが顔を寄せる。
「この舞踏会で悪女を演じようとしていたなんて。驚きました。でも無理する必要はありません。第二皇子から婚約破棄されたという事実があるのです。それで十分ですよ。それにエルガー帝国にいる間は、わざわざ悪女を演じる必要はないです。悪女を必要としているのは、アルセス王国ですから」
さらに顔を近づけたイグリスに、心臓が飛び跳ねそうになる。
「何より、わたしの評判を高めていただき、ありがとうございます。おかげでわたしは、大変甲斐性のある男と思っていただけているようです」






















































