16話:とても欲しい……。【side 陛下】
舞踏会の会場に集まった貴族の多くが、皇族と共に入場したわたし達を見て、そこで初めてミラの姿を目撃した。
予想通り、男どもは羨望の眼差し。女性は驚愕していた。
ミラは凛としてその一切の視線を気にせず、わたしを見つめる。
これは何とも言えない優越感。
しかも。
あの第二皇子もミラに釘付けなのだ。隣であの男爵令嬢が何か言っても、ハエを追い払うようにしている。これに男爵令嬢は苛立ちを募らせ、さらに何か言い出すと、皇帝が第二皇子を叱責。
第二皇子も次第に苛立ち、男爵令嬢との間に不穏な空気が流れている。
これを見たら、もうほくそ笑みたくなってしまう。
そんな状況の中、皇帝が今日の舞踏会の趣旨と挨拶を行い、そして――。
「では本日の最初のダンスは、今日の主役であるアルセス国王とその婚約者であるエッカート公爵令嬢にお願いしよう。そう、二人はこの度、我が国で運命的な出会いを果たした。そして婚約するに至った。二人の愛に拍手を」
皇帝からこう言われては、第二皇子も男爵令嬢も拍手せざるを得ない。二人の苦々しい表情に、心の中でざまぁみろと言いたくなってしまう。
どうしても……ミラを見下したこの二人を見ていると、子供のように反応してしまう。心の中で。
ミラはどうだろう?
次の瞬間、心臓が止まりそうになる。
これが取引であることを、ミラは忘れているのだろうか?
とても嬉しそうな顔で、自分のことを見ていたのだ。
もう自然とミラを抱き寄せ……でもこんな大勢の場で急に抱きしめるのは――。
一瞬、ためらうと、ふわりとミラが自分へと身を寄せた。
抱きしめていいという合図だと分かったわたしは、そのままミラを抱きしめる。
抱きしめた瞬間。
ジャスミンの香りが広がり、自分のつけるバニラの香水と溶け合う。さらにミラの華奢な体を感じ、鼓動が激しくなる。
理性が……吹き飛びそうだった。
だが……。
背中をツンとされ、意識を取り戻す。
……間違いなく、ルーカスだ。
内心では渋々であるが、表面的にはさりげなく、ミラから体を離す。
断腸の思いだ。もっと抱きしめていたかった。
だが完全に外向きの笑顔でわたしは口を開く。
「皆さま、ありがとうございます。初の外遊先で選んだエルガー帝国で、まさか運命の女性と出会えるとは。わたしは幸運に恵まれました。それではわたしの最愛と最初のダンスを拝命いたします」
深々と皇帝と招待客の貴族達にお辞儀をした。
ミラは言うまでもなく、私に倣い、頭を下げる。
そこはさすが皇族になるべく教育を受けているだけあった。ワンテンポ遅れることなどなく、自分の動きに完璧に合わせ、動いていた。
ミラは王族に迎えるに相応しい逸材だ。
彼女を見出すことができた自分を褒めたくなる。
こうして挨拶を終えると、ミラと共にホールの中央に向かうと――。
優雅に歩くミラに皆が釘付けだ。
皆、今、思っているはず。
本当に彼女が、第二皇子の新しい婚約者である男爵令嬢の名誉を汚したのだろうか?と。
ミラはわたしの婚約者という肩書を手にいれた瞬間から、男爵令嬢の不名誉案件から完全に切り離された。そうすることを条件にしていたし、皇帝もそれを飲んだ。男爵令嬢の不名誉の件を気になる貴族達もいるだろうが、その件については急速に鎮静化に向かっている。
大衆紙も、婚約破棄より、わたしとミラの電撃婚約にフォーカスしていた。
第二皇子と男爵令嬢は、まず劇的な婚約破棄が報じられ、その後に自分達の婚約が華々しく紙面を飾ると思ったことだろう。だが蓋を開ければ、彼らの婚約の扱いはごくわずか、メインはわたしとミラ。
わたしとミラの婚約は、双方の国の名を高めることになる。皇帝も第二皇子より、国益を優先したわけだ。
出鼻を挫かれた上に、自分達より目立つことになったわたし達のために、拍手をしている。しかもブルーダイヤモンドの件もあるのだ。
第二皇子と男爵令嬢、それぞれが腕組みをし、お互いを避ける姿勢でいることが分かり……。
再び「ざまみろ!」と子供のように思ってしまう。だがそれはあくまで心の中で。今はミラとのダンスのため、朗らかな笑みを浮かべている。
向き合ったミラを見て思い出す。
ミラとは軽く一度ダンスを練習したが、彼女の踊りは完璧だった。変な癖もなく、実に踊りやすかったのだ。
そして今日は彼女の美しさが最大限生かされるよう、わたしはリードに徹する。
こうしてゆったりしたメロディと共に踊り出すと……。
心を……持っていかれそうだ。
ミラは動きの一つ一つに、ダンス曲が奏でる恋心を込めてくれる。何とも愛おしそうに、観衆とわたしに視線を送るのだ。
一瞬。
ここがどこであるかを忘れ、ミラを抱きしめたくなる衝動に耐えることになる。
ああ、ミラ。
契約上の関係では終わらせたくない。
君のことが……とても欲しい……。
抑えようとしても、抑えきれない想いがわたしからも表出していたようだ。ダンスが終わると男女問わず全員が、夢見心地な表情をしている。つまりはミラとわたしにそれぞれ魅了されたわけだ。
「!」
あの男爵令嬢と目が合い、心底不快になり、冷たい一瞥送ることになる。
第二皇子を手に入れてなお、男に色目を使うのか?
だが男爵令嬢だけ責めるのは間違っていたようだ。
第二皇子までミラをうっとりと眺めているのだから。
わたしの冷たい一瞥に視線を伏せた男爵令嬢だったが、気を取り直し、隣の第二皇子を見て……。
まさに大変恐ろしい形相になっていた。






















































