15話:些細なことなのに
ミハイルのバースデーパーティー以来で訪れた宮殿だった。
12年間。
ミハイルの婚約者として宮殿……王宮で過ごしてきた。だが婚約破棄が決まると、一方的に王宮にあった私の部屋の荷物はまとめられ、公爵邸に送りつけられたのだ。
私が去った部屋には……既にオリヴィアが収まっているという。
これについていろいろ思うところがある。
でも諦めの気持ちの方が大きい。なぜならオリヴィアはこの世界のヒロイン。彼女の幸せのために世界は動くのだから、仕方ない。
それよりも……。
舞踏会の会場となるホールへイグリスにエスコートされ、向かっているが、ものすごい視線を感じる。
婚約破棄以降、公の場に出るのはこれが初めて。
皆、興味が湧いているのだろう。
「ミラ、皆の心の声を代弁しましょうか」
「!? 陛下は人の心が読めるのですか!?」
思わず真剣に問い返すと、彼はクスクスと笑っている。
「ミラは聡明なのに、そんな可愛らしいところもあるのですね。さすがにわたしでも人の心は読めませんよ。でも想像は出来ます。みんな君を見て驚いています。あれが社交界を賑わせた悪女なのか、と」
「それは……」
「見るからに清らかな乙女のようなんです。とても悪女には見えない。同時に。君のその美しさに魅了されています」
なるほど。そういうことか。
悪女には見えない……でもその期待を裏切り、思いっきり悪女になるつもりだった。
聖女のような見た目で悪女の方が質が悪い。
そういう演出をするつもりだった。
「アルセス国王陛下、こちらの控え室へどうぞ」
ホールが近づくと、控え室に案内されたが。
この中に皇族も勢揃いしているのかと思うと、緊張が走る。
「ミラ、安心していいですよ。控え室は我々だけにしてもらいましたから」
私はつい、手に力を入れてしまっていたようだ。イグリスはそれにすぐ気がつき、フォローしてくれた。
それは些細なことかもしれない。
でも私は胸が熱くなっている。
なぜなら……。
ミハイルは私が緊張する場面で、たとえそれに気がついても「君らしくないな。こんなことで緊張するのか?」と、冗談混じりで言うばかり。決して気遣ってくれることは無かった。
それが6歳以降の私の当たり前。
こんなことでうるっとしそうになるなんて。
自分でも不覚だった。
「ミラ、大丈夫ですか? 何か問題でも? わたしは君の婚約者なのですから、遠慮なく話してください」
控え室付近に警備兵もいる。そして私は彼の婚約者なのだ。しっかり演じないと!
「陛下のお気遣いに感動してしまい……ありがとうございます。陛下と二人で安心できました」
笑顔でイグリスを見上げると、彼は頰を淡く染め……。
これは照れているの?
「お二人とも、お入りください」
ルーカスがすかさずそう言うと、イグリスは表情を元に戻し、控え室へエスコートしてくれる。
常に堂々として、物怖じしないイグリスでも、あんな風に照れることもあるのね。
そんなふうに思うが、控え室に入ってからのイグリスはいつも通り。部屋には飲み物を運ぶメイドの出入りもあり、あんな顔をしている場合ではない……ということもある。
さらに控え室にまで挨拶にくる貴族もいたりで、何だかあっという間にホールに入場する時間になってしまった。
そして遂に。
ホールの皇族専用の入口で、ミハイルとオリヴィアと対面することになった。
ミハイルは、バースデーパーティーを思い出させる黒のテールコート。公式の公の場でミハイルは、伝統的な黒のテールコートを着るのがお決まりだった。イグリスのような華やかさとは無縁。その一方で、ミハイルとは真逆に、派手なピンク色のフリル満点のドレスを着ているのは……オリヴィアだ。
フラミンゴとカラスみたいな二人は、私を見て口を同時にぽかんと開けていた。
イグリスの目論見通り、ブルーダイヤモンドの宝飾品に目が釘付けになっている。
しばし後、ハッとしたオリヴィアが、ミハイルと内緒話を始めた。
だがもうホールへの入場の合図が出ている。
ミハイルはさすがにオリヴィアに落ち着くように言うが……。オリヴィアは再度私を、というよりブルーダイヤモンドを見て、ミハイルに声を掛ける。
「静かにせんか!」
皇帝がミハイルを睨んだ。
オリヴィアは貴重な金づるだから、皇帝としても苦言は控えたいのだろう。代わりにミハイルを叱責した。だがミハイルにすれば「何故自分が父上に注意を受けるのか」と、大変不満そうにしている。
そこでミハイルの視線がこちらに来ると分かったので、私は逸らす。
そして笑顔でイグリスに声を掛ける。
「陛下、私達も入場ですね」
「ええ。行きましょう、ミラ」
イグリスが私に負けない笑顔で応じ、エスコートして歩き出す。
背筋を伸ばし、彼に相応しい婚約者を演じる。
凛とした表情で、私はホールの中へ進んだ。






















































