13話:名を呼ばれて……
アルセス王国に旅立つ前の舞踏会。
イグリスからはとんでもない高価な贈り物をされた。それは……かりそめの婚約者である私には恐れ多いもの。
だがそこまでされたのだ。ならばここは彼の婚約者として相応しくあろうと思った。
イグリスが私を婚約者として選んだのは、悪役令嬢であるからだ。
悪役令嬢ミラの悪名を彼は欲した。
つまり、彼が所望するのは“悪女”。
ならば徹底して悪女を演じて見せよう。
こうして私が舞踏会のために選んだのは、真っ白なシルクのドレス。
前世では白のドレス=ウェディングドレスのイメージだが、この世界では違う。舞踏会や晩餐会で、白のドレスも普通に着用されていた。
マーメイドラインの体のフィットするドレスは、体のラインを自然に浮き彫りにしてくれる。バストの膨らみ、ウエストのくびれ、ふわっとしたドレスでは分かりにくい、ヒップの引き締まりまで分かってしまう。
特にぽっこりお腹では着こせないが、そこは前世とは違う完璧ボディの悪役令嬢に転生したのだ。問題なかった。
「まあ、このドレスにこちらのブルーダイヤモンドは、とても映えますね!」
着替えを手伝うメイド達がため息をもらすが、それは私も同じ。
白のドレスだからこそ、アクセントカラーになるブルーダイヤモンドに自然と目がいってしまう。
ドレスとブルーダイヤモンドは完璧。
髪はあえておろすことで、可愛らしさをアピールすることにした。メイクもふわりと甘さのある、淡いピンク色のチークやルージュ。そうすることでドレスのセクシーさが落ちつき、清楚なイメージが際立つ。
イグリスは宝石商ごと買い取ったのだ。その対価に見合うだけの悪女になる必要があるが……。
彼は満足してくれるだろうか。
……満足させるのだ。
そこは私次第なのだから。
こうしてイグリスの到着を待つことになった。
◇
宮殿に滞在する部屋があるのに、イグリスはわざわざ私を屋敷まで迎えにきてくれる。舞踏会の会場は宮殿なのに。ならばとエントランスまで出て彼を待っていると。
「ミラは陛下のことをそんなにも慕っているのかい?」
母親と一緒にエントランスまで出てくれた父親が、私を見て笑顔になる。
これにはドキッとしてしまう。
そういうわけではないのだけど……。
でも否定するわけにはいかない。
ミハイルのバースデーパーティーで婚約破棄をされ、倒れた私を介抱してくれたイグリス。彼の優しさに一目惚れし、婚約したことになっているのだから……。
「陛下のこと、お慕いしています。とても」
なんだかとってつけたような返事をしている気がして、居心地が悪い。
私は嘘が得意というわけではなかった。
だがそうしていると、イグリスを乗せた馬車が到着した。
「「……あっ」」
馬車から降りたイグリスを見て、思わず声を上げると、それは彼と重なっていた。
お互いを見つめ、しばらくその後の言葉が続かない。
イグリスは攻略対象かと思うぐらい端正な顔立ちで、その若さから国王というより王子様、だったが……。今は髪の分け目も変え、ブルーダイヤモンドを彷彿させるテールコートをきっちり着こなし……年齢より上に見えた。そして……とてもカッコよかった。
そこはもう単純に。
男性が美女を見て目が離せなくなるように。
あまりの美男子ぶりに言葉を失っていた。
「二人とも、そんなに見つめ合って」
「仲が宜しいのね」
両親の言葉に我に返る。
「失礼しました。……あまりにもミラが美しく……言葉を……失ってしまいました」
イグリスが絞り出すように声を出していることに驚いたが、それ以上に。
「ミラ」と呼ばれたことにドキドキしている。
異性の名をファーストネームで呼ぶのは、親しい間柄の場合。そして私とイグリスは……婚約しているのだ。ファーストネームで呼ぶのはおかしなことではない。むしろそう呼ぶのが自然。
これから私を同伴し、舞踏会に行くのだ。そして婚約者であると発表するのだから、ミラと呼ばれて当然だけど……。
とてもドキドキしていた。
だがそこで気が付く。
イグリスと私がかりそめではなく、相思相愛だと両親にアピールするには、絶好のチャンス!
「私も陛下があまりにも素敵で言葉を失いました。今宵、陛下にエスコートされること。とても光栄に感じます」
アピールのチャンスではあるが、今の言葉は本心。
そこで私は白のロンググローブをつけた手を、ゆっくり彼の方へ差し出す。
まだ両親と挨拶をした直後。
これでエスコートして私を馬車にすぐ乗せるのは、少し性急過ぎる。ならばどんな意味でこの手を差し出したか。
イグリスなら分かってくれるはず……!
ハッとした表情は一瞬のこと。
イグリスは……心臓が止まりそうになるような甘い表情を浮かべると、私の手を取る。
「こちらこそ、愛する君をエスコートできる栄誉に、心から感謝しています」
そう言うと私の手の甲へ口づけを行う。
ミハイルから同じ動作をされた時。
ここまで心臓は高鳴っただろうか?
一気に全身が熱くなり、鼓動が激しくなっている。
「なんだか二人のアツアツぶりに、季節が一つ進んだように感じるよ。さあ、二人とも、馬車へ乗るといい。私達も共に出発するから」
父親に促され、イグリスは改めて私をエスコートするために手をとった。
同時に、ごく自然に腰に手を添えられる。
これは親しい者のエスコートだ。
体が触れる範囲が増えるのだから。
婚約しているのだから、これぐらいは普通のこと。
ミハイルからされた時は、あからさまに私の体に触れたいという欲求が見え隠れし、嫌悪感しかなかった。
だがイグリスは……。
とても自然であり、しかもとても控えめ。そこには私への配慮が感じられる。
婚約をしているから、この程度の触れ合いは許されるが、「不快ではないですか、大丈夫ですか」という気遣いが。
問題ないことを伝えるため、馬車に乗り込む時、御者ではなくイグリスの手伝いを頼んだ。
彼は驚きと喜びの表情を浮かべ、とても丁寧に私を馬車に乗せてくれた。






















































