1話:始まり
「ミラ・マリー・エッカート公爵令嬢! 君との婚約は破棄させてもらう。君は自身の公爵令嬢という立場を利用し、ここにいるオリヴィア・ペーシェント男爵令嬢の名誉を深く傷つけた。僕達がいる貴族社会は、名誉を何よりも重んじる。目に見える傷を体につけたわけではない。だから許されると思うのは大間違いだ。先程エッカート公爵には早馬を送った。君との婚約破棄、これは皇族としての正式な決断だ!」
エルガー帝国第二皇子、ミハイル・キリル・エルガーの言葉を聞いている私の頭は、後頭部を中心にジンジンと痛みが広がっている。
ホワイトブロンドの癖毛に、エメラルドグリーンの瞳。
まさに皇子様に相応しい風貌のミハイル。
その彼の十九歳の誕生を祝うパーティー。
その場で彼の婚約者である私、ミラはまさに婚約破棄をミハイルから告げられていた。
六歳の時、皇族主導で私とミハイルの婚約は決まった。まだ私は幼い子供だったが、その婚約が決まった瞬間から生活は激変する。
住み慣れた公爵家を出て、皇宮で暮らすようになると、朝から晩まで、皇族教育を叩き込まれたのだ。
その教育は語学などの座学の勉強だけではなく、皇族独特のマナーや礼儀作法、外交や社交を含めそれは多岐に渡った。さらに皇族の参加する行事にも足を運び、同い年の令嬢達がお人形遊びをして、スイーツを楽しむ時でも、私はひたすら未来の第二皇子妃になるべく、努力を続けたのだ。
それなのに、ミハイルは!
平民成り上がりの男爵令嬢オリヴィア・ペーシェントと偶然、学院の倶楽部活動で知り合い、そこから学友の域を超えて行く。
二人が裏庭で人目を憚るようにしてキスをしているのを見た時。
許せないと思った。
でもミハイルは第二皇子。彼に盾突くことはできない。だからオリヴィアにミハイルから離れるようお願いしたが……。
「エッカート公爵令嬢は、ご自身の地位を以てして、私を虐げるのですか!?」
オリヴィアは涙目で私を睨み、その日以降。
私の言動の揚げ足取りが始まる。
そんなことは止めるようにと何度かオリヴィアを呼び出し、注意をしたが……。
いつしか学院内ではこんな噂が一人歩きを始める。
「エッカート公爵令嬢は、ペーシェント男爵令嬢が第二皇子殿下と仲良くされることに嫉妬され、人目のつかない場所に呼び出しては、罵詈雑言を浴びせたそうよ。エッカート公爵令嬢は、存在感がある方だから……。ペーシェント男爵令嬢はさぞかし怖い思いをされたでしょうね。まさに鷹とウサギみたい」
鷹とウサギ。
そう評されても仕方ないかもしれない。
私はシルバーブロンドに青紫色の瞳で、小顔で首も手足もほっそりしているが、豊かなバストに上向きのヒップであり、スタイルは抜群と言われている。学院の制服であろうと、舞踏会のドレスであろうと、着飾ると圧倒的な存在感が出てしまう。
今だって、ロイヤルパープルの光沢のあるシルクのドレスは、体のラインを見事に浮き彫りにしている。集まる令息たちの目は、私の胸元に釘付けになっていた。
対するオリヴィアは、ピンクブロンドに淡いピンク色の瞳で童顔。小柄で守ってあげたくなる愛らしい令嬢なのだ。今も黒のテールコート姿のミハイルに抱き寄せられているオリヴィアは、パステルピンクに白のフリルがたっぷりのドレスを着て、見るからにぶりっ子だ。
……ぶりっ子?
何よ、ぶりっ子って?
「エッカート公爵令嬢、僕の話を聞いているのか!」
ミハイルのキンキン声が脳に響く。
先程以上に頭の痛みは増しており、この場に立っているのもしんどく感じている。
「君はそうやっていつも澄ました顔をして。成績が優秀なことは認めよう。五か国語もしゃべれるんだ。君の外交力と社交力は大したものだよ。だからって語学の成績が悪いペーシェント男爵令嬢を蔑むことが、許されるわけではない!」
ミハイルがオリヴィアのどんな名誉を汚したのか、並べ立てているが……。
皇族の一員になれば、外交力は問われ、語学はできて当然だ。
オリヴィアは母国語でさえ、稚拙なのに。
私と婚約破棄したミハイルは、オリヴィアと婚約するつもりなのだろう。
それを皇族が許したのは……。
結局はお金ね。
先帝は女好きで知られ、皇宮で働くメイドにも沢山手を出していた。
その結果、非嫡出子が多数誕生。
それをネタに皇族はさんざん悪党に強請られることになる。だがそれを表立って騒ぎにはできず、お金で解決。
膨大な借金を抱えることになった。
最終的にでっち上げの理由での粛正を行い、悪党は排除されたが、搾り取られたお金は戻ってこない。
私との婚約が決まったのも、家柄は勿論、エッカート公爵家のお金が目当てだったことは……間違いなかった。皇族が用意した支度金より、我が家が用意した持参金の方が多いことは、子供の私でも知っていること。
我が家と婚約破棄することで、膨大な違約金は発生するだろうが……。
オリヴィアの名誉を汚したことを持ち出し、大幅な減額交渉をするつもりだろう。さらにオリヴィア……というかその父親であるペーシェント男爵は、貿易業で財を成している。その資産だけ見れば、我が公爵家も凌駕している可能性もあった。
だからこそ、なのだろう。
私との婚約破棄を、皇族が正式に認めたのも。私が公爵令嬢なのに、オリヴィアの言い分が社交界的に認められたのも、皇族が裏から手を回した結果のはず。
「……他にもいろいろあるが、それはここで口に出すのをためらわれるもの。本当に君は、美しい人間の皮を被った悪魔だよ」
美しい人間の皮を被った悪魔。
私が美しいことをミハイルは認めている。
認めていて、欲しがったのだ。
結婚式を挙げる前に。
体の関係を持つことを。
それを私が拒絶したことも、この婚約破棄につながっているのだろう。
皇族の婚姻では純潔が重視されるが、誤魔化しはできる。
お堅い頭の公爵令嬢め……ということなのだ。
「悪魔の君は更生の必要がある。修道院に入るか、白の塔での幽閉をこれから検討するつもりだ。覚悟して待つがいい!」
白の塔……“貴族の墓場”と称され、入れば死ぬまで出られないと言われている……。
ああ、遂にこの言葉がミハイルから出てしまった。
これでお終いね。
ゲームオーバーだ、私にとっては。
でもオリヴィアにとっては、ゲームクリアね。
うん……? 攻略完了?
そこで私の頭痛はピークとなり、膝から崩れ落ちることになった。
ダンスがスムーズにできるよう磨き込まれた大理石の床に、頭が激突する――。
お読みいただきありがとうございます!
完結まで執筆済。
最後まで、物語をお楽しみくださいませ☆彡
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