第三話
杏奈は遠龍駅のターミナルに降り立った。腕時計の針は11半45分を指している。集合場所は駅前の商業ビル『MAY ONE』の7階にある、「とんかつの洋幸」。
まあ間に合いますね。良かったです。お父さんたちはもうついているらしいです。さあ、行きますか。
円形のバスターミナルをぐるりと歩き、地下に降りてそのまま地下通路を『MAY ONE』に向けて進む。エスカレーターで一階に上がり、『MAY ONE』のビル内に入る。
やはり昼時であることもあり、やはり人が多いです。エレベーターを二度見送り、三度目にやっと乗れました。3度目の正直ってやつですか、なんてね。
7階ではき出されるようにエレベーターを降り、「とんかつの洋幸」に入ると、もうすでに両親はきていた。「こっちこっち」と盛んに手招きをしている。
「まずは、入学おめでとう。かんぱーい」
と、水のグラスをチンとあわせる。
「仕事が忙しくてごめんよ。学校はどう?」
とお母さん。
ふたりともこのビル内のとある会社の事務所で仕事をしており、会社の休憩時間を割いてこの昼食に参加している。
「文芸部に入部しましたよ。先輩方もとっても優しい方々ばかりです。」
「文芸部?ってことは小説書いたりもするのか?」
とお父さん。
「まだ入部したてでよくわかりませんが、文学作品を読んだり小説をかいたりとかでしょうか。」
「なるほどねぇ、まぁ何事にも熱中することはいいことだよ。小説できたら私にも見せてね」
とお母さん。
「ええ、もちろんですとも。一番最初に読んでほしいくらいですわ。」
会計時。昼食時であることもあり、会計は4・5組の家族がならんでいる。両親は「こまった」というように顔を見合わせ、くるりとアンナの方を向くと、手に一万円札を握らせ、
「これでお会計済ませておいてくれ。お釣りはお祝い金だ。」
といって、足早に仕事に戻ってしまった。
ちょっぴり寂しいですが仕方ありません。お仕事ですもの。私も中学生になり、りっぱなお姉さんです。ここは我慢です。
杏奈はくるっと回れ右をし、しっかりとした足取りでエレベーターに向かって歩き出した。
「ただいま帰りました。」
無人の家に杏奈の声だけが虚しく響く。杏奈は自分の部屋で私服に着替えるとベッドの上で本を読み始めたが、そのまま寝落ちしてしまった。
幼い杏奈は、母の膝の上にいた。
「今日は『七羽のからす』を読んでみる?」
とお母さん。
「うん!」
その話はこんな話だった。
昔、息子は7人いるのに、どんなに望んでも娘は1人も生まれない男がいた。とうとう再び妻のお腹が大きくなり、生まれてみると女の子だった。男は、その子に「アンナ」と名付けました。
「『アンナ』って、私と一緒の名前だ、お母さん。」
と杏奈。
「うん、そうね。」
お母さんは優しくうなずき、続きを読み始めた。
お父さんは7人の息子に「娘の洗礼のための水を井戸で汲んできなさい」と、壺をわたし、汲みに行かせたが、誤って壺を井戸に落としてしまった。男はいつまで待っても帰ってこない息子たちに「カラスになってしまえ」と呪いの言葉を口にした。するとみんな本当にカラスになって飛んでいってしまった。・・・
ハッと気づくと、杏奈はベッドの上で寝ていた。部屋は真っ暗で、家中もシンと静まり返っている。杏奈はパチっと部屋の電気をつけ、ふうーと大きくため息をついた。
私、なにか大切な夢を見ていた気がします。