第一話
カーテンの隙間から射し込む明るい朝日に照らされたやや薄暗い部屋。ベッドの傍の置き時計がカチリと6:30を指し、ジリジリとなり響く。
モゾモゾと掛け布団が動き、そこから雪のように白く華奢な腕が眠たげに伸びる。細くしなやかな指が小刻みに震える時計のスイッチをカチリときる。
ゆっくりとベッドに起き上がり、ふわぁとあくびを一つ。肩から胸にかかる豊かな黒髪を払いのけると、そこにはボタンの外れた襟の間から垣間見える、未だ発展途上かつ手のひらサイズの双丘。
片腕を首の後ろに回し、大きな伸びをすると、「よしっ」とベッドから抜け出すと鏡の前に立ち、まだビニールのかかった制服に手を伸ばし着替えを始めた。
セーラー服に着替え終わると、鏡の前でくるりと一回転してみる。しっくりとあわない自分の姿に苦笑いし、これが「制服にきられているよう」って言うのかなぁ、と考えつつ、昨晩のうちに準備していた制鞄を持ち上げる。あら、軽い。それもそう、筆箱と数枚の書類だけだもの。
部屋を出て、居間に入ると、横のキッチンで家事をする母と、ダイニングテーブルで新聞を読みながらコーヒーを飲むお父さんに「おはよう」と朝のあいさつ。
「おう、」
とお父さん。
「もう中学生、早いものね。朝ご飯、早く食べちゃいなさい」
とお母さん。「はーい」と返事しつつ、とさっと制鞄を置くと、席につく。お母さんもエプロンの裾で手を拭きつつ腰を下ろす。お父さんも読みかけの新聞を閉じ、ソファーにバサッと投げる。そして、手を合わせ「いただきます」。特別な事情がない限り、伊藤家は家族でテーブルに向かい、食事をとるのである。
そして、支度が終わると玄関で真新しいローファーを履くと、両親の「いってらっしゃい」に背中をおされながら家を出る。
晴れた青空に、入学を祝福するかのように、春風に桜が舞う。サクラの木の根本にたまった散った花びらを手のひらいっぱいにすくい取る。息を大きく吸い込み、フーゥとはき出すと、花びらは飛ばされくるくるとまっすぐ舞い上がり、散り落ちるサクラ吹雪の中に消えてゆく。それを見送りくるっと回れ右をすると、新たに始まる中学生活に胸を躍らせつつ、足取り軽やかに歩きだした。
おっと、申し遅れました。私の名前は伊藤杏奈、中学1年生。遠龍市中央区在住、同市同区にある遠龍西中学、通称「西中」に合格できました。
んん?「合格できた」って?私立中学なの?
いえいえ、立派な県立中学ですよ。そして中高一貫校でもあるので高校受験をしなくても済むんです。まあ県で2番目に難しい学校らしいですけどね。1番難しい中学は国立大学付属の付属遠龍中学、通称「付属中」なんですよ。
今日はその西中の、めでたき入学式。これで私もJCの仲間入りです。
ワクワクが止まりません。なんだか新しい物語の1ページを開いた気分です。