序章
「魔王様のお通りだ!道を空けろ!」
何度耳にした言葉だろうか。もう、聞き飽きてしまった。
カツカツと靴を鳴らし、肩に掛けた上着を靡かせる。
『我輩』の最後の舞台に上がる。
拡声魔法を使い、ざわめく群衆に言葉を投げる。
「ゴホン。皆の者、よく聞くがいい。我輩は魔王の座を退く」
ピタリと音が止んだ。
「それに伴い、次の魔王を決める試験を行う。魔王になりたい者は、今から66分6秒内に、魔王城まで、申
し込みに来ること。以上だ」
静寂の中、舞台を降りる。
私が城に戻ったと分かると、一斉に音が戻るのが分かった。
ザワ、ザワ、ワアワアと、騒々しくなるのがわかる。
「魔王様、本当に良かったのですか?」
腹心が、窓の外を眺めながら聞いてくる。
「ああ。正直言ってこんな役目、望んでなる奴は狂ってるよ」
玉座の腕置きを撫でる。もう、この椅子に座ることもないだろう。
「魔王様は望んでいなかったと?」
「勿論!誰が好き好んでわざわざ世界の敵になんてなるもんか」
「それも、そうですね」
こちらを向いて、苦笑する。
「では、これ以降の業務は俺が行うということで、良いでしょうか?」
真面目な顔をして言う腹心。この最後の時まで、演技は崩さないつもりなのだろうか。
「ああ。この世界に、お前に勝てる奴なんていないだろう?」
体が崩れていくのを感じる。もう、時間がない。
その前に、最後の契約と鎖を。
「なあ、勇者よ。この国を、頼んだ」
玉座から降り、魔王の証である指輪を手渡す。
「…ああ、魔王アルテミシアよ。勇者レオルグ、この命に代えてでも」
彼は、今にも泣きだしそうな、笑顔をしていた。
「泣くなよ、親友、」
駄目だ、駄目だ。意識が薄れていく。
「弱虫、だなあ……ははっ。なあ……おれ……がん、ばった、ろ?……」
「っ!ああ、アルは、すごいよ、だから」
ああ、泣いている。おれの、一番の親友が、また、泣いている。
守らなきゃ、おれが、まもって……
「すまない……れ……お……」
意識が、途絶えた。
「……いかないで……おいていかないで……うわあああああああああああ!!!なんで、どうして、ぼくは、ぼくは、いつも、いつも、だれもすくえない?なんで、だれもがいなくなる?ぼくが、愛すからいけないの?ぼくが、関わるからいけないの……?」
嗚咽混じりに、レオは灰の山と化したアルの遺体を抱きしめる。
「なら、ぼくが、きらわれものになってやる。ぼくが、嫌われれば、みんな、いなくならない?そうだね、きっとそうだ、あはははははははは!」
バサリ、と灰が落ちる。狂ったように笑う、笑う、笑う。誰も、近付かなかった。
城には狂ったように笑う、その声だけが響いた。
その城の名は魔王城。四代目魔王が治め続けることとなる、呪われた城である。