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これって……IRSですよね?

 屋敷に戻った私はシェリーを応接室に案内した。


 お茶とお菓子を出して「くつろいで下さい」と言ったのだが、シェリーは落ち着かない様子だ。公爵家に来る機会がないだろうから、シェリーは緊張しているようだ。

 キョロキョロと部屋の中を見回している。


「あのー」とシェリーは遠慮がちに私に尋ねた。


「どうしましたか?」

「あの方が手に持っているのは『禁じられた逃避行』ですか?」


 シェリーはミシェルが持っていた本を指して言った。

『禁じられた逃避行』はヘイズ王国でとても流行っている恋愛小説。私がこの前まで読んでいて、今はミシェルが読んでいる。


「ええ、そうです。私も『禁じられた逃避行』は読みましたよ。シェリーは?」

「マーガレット様もですか? 私ももちろん読みました!」

 シェリーは興奮して私に言った。


「この本は名作です! 望まないのに戦場にいかなければならないトム。トムを愛した貴族令嬢のジャネットが、トムを救い出すために家を捨てて駆け落ちを……」

「ラストが感動的ですよね!」

「本当に……二人の未来は、その後どうなったのでしょうね?」


 私の問いかけに対して、シェリーは考え込んでいる。少し間が空いた後、シェリーは改まって私に言った。


「あの本を読んでいると、二人の愛に身分差なんて関係ないと思うんです!」

「本当、私もそう思うわ!」

「そうですよね……だから私はマイケルを救いたかったのです」


「マイケル」はシェリーが叫んでいた名前だ。私は努めて静かな口調でシェリーに話しかけた。


「銀行にいた警察官から、シェリーが外国の会社に多額の送金をしようとしていた、と聞きました。どういう事情であんな金額を送金しようとしたのか、教えてもらえますか?」


「この手紙です」

 そういうと、シェリーは持っていた数通の手紙をテーブルの上に置いた。


「中を拝見しても?」

「ええ、構いません」


 私はシェリーから渡された手紙を確認することにした。

 隣にやってきたミシェルも手紙を覗き込む。


 ***


 数通の手紙は全てマンデル共和国に住むマイケルからシェリーに送られたものだった。

 マンデル共和国は周辺諸国と紛争を繰り返している。シェリーがマイケルと手紙のやり取りをするようになったのは、マイケルが間違ってシェリーに手紙を送ってきたのがきっかけのようだ。


 マイケルは紛争に巻き込まれて死んだ恋人がどこかで生きているのではないかと考え、同じ名前のシェリーに手紙を送った。マイケルは恋人の死を受け入れられなかったのだ。


 手紙を受取ったシェリーは、自分は恋人ではないことをマイケルに手紙で伝えた。その後、マイケルからすぐに返信があった。マイケルは兵士として戦場に身を置くことになった境遇を説明し、これ以上人を殺したくないとシェリーに訴えた。


 マイケルを助けたいと思ったシェリーは、マイケルに逃げ出す方法がないかを尋ねた。

 すると、マイケルは外国への逃走を手助けするエージェントに報酬を払えば手配してくれるとシェリーに伝えた。ただし、エージェントの報酬は高額なので、マイケルには支払うことができない。

 シェリーはマイケルを助けるためにエージェントに報酬を代わりに支払うことを提案し、マイケルからエージェントの銀行口座の情報を入手した。


 ***


 隣で手紙を見ていたミシェルは「これって……IRSですよね?」と私に尋ねる。


「IRS? それって何?」

「お嬢様、知らないんですか?」

「知らないけど……何よ?」


 ミシェルは私がIRSを知らないことに気分を良くしている。侍女のくせに……生意気な。


「International Romantic Scamsの略です。最近流行っているらしいですよ」


 ――Internationalは国際、Romantic Scamsはロマンス詐欺……


「国際ロマンス詐欺! これが女性の恋心を利用した、あの卑劣な犯罪?」

「だと思います。だって、手紙のこの部分を見て下さい」


 そう言うと、ミシェルはマイケルの手紙の一部分を指した。


『君と一緒にいられるのなら、他には何もいらない』


「これがどうしたの?」

「同じセリフが『禁じられた逃避行』の132頁に書いてあるんです。ほら!」


 私とシェリーはミシェルが指した本のページを確認する。該当ページにはこう書いてあった。


『ジャネット。僕は君と一緒にいられるのなら、他に何もいらないんだ』


 ――たしかに……同じだな


 ミシェルは他にも『禁じられた逃避行』からの盗用箇所をいくつか指摘した。言われてみれば、マイケルの手紙の内容は『禁じられた逃避行』に酷似している。


 望まないのに戦場に行かなければならないトム。トムを愛した貴族令嬢のジャネットが、トムを救い出すために家を捨てて駆け落ちを……


 そうすると、シェリーはマイケルをトム、自分をジャネットに重ねて、マイケルから受け取った手紙を読んでいたことになる。

 この詐欺師は『禁じられた逃避行』の設定、セリフを利用して、手紙の読み手をジャネットに重ね合わせるように誘導している。実に巧妙な詐欺師と言えるだろう。


「マイケルの手紙は『禁じられた逃避行』にそっくりですね」


 私がそう言うと、さすがのシェリーも状況が呑み込めてきたようだ。



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