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あなたの恋文は……何と言えばいいか……とにかく

 次に、採用担当者はミシェルを見た。採用担当者からミシェルに結果が伝えられる。


「次、ミシェルさん」

「はい」

「いろいろ工夫されたようですが……」

「……が?」


 採用担当者は深呼吸してから言った。


「4点です」

「なっ、ふざけんなよ。そんなわけないでしょ!」

「あなたの恋文は……何と言えばいいか……とにかく下品です」

「下品? どこが下品なんですか?」


 採用担当者はため息を付いてから、説明に入る。


「恋文とはあなたの想いを殿方に伝えるための手段です」

「まぁ、そうですね」

「例えばここです。あなたは『貴方のことを忘れようとしたけれど、私の体は貴方のことを覚えていて……』と書いていますね。この手紙には似たような表現が多く見られます」

「それが何か?」


 反抗的なミシェルに呆れたように尋ねる採用担当者。


「あなたはどういう気持ちでこの恋文を書きましたか?」

「うーん、そうですね。あの夜のことを忘れられない乙女心……を書いたつもり……かな」


「可憐な淑女がそんなことを書くと思いますか?」

「書くと思います! だって、可憐な淑女でも、あの夜のことは忘れられないでしょ?」


「私の言い方が悪かったようです。この手紙の二人の関係は一度破綻しています」

「そうですね。別れた女性が復縁を希望している設定です」

「それなのに、復縁の理由が体……たとえ嘘でも、もう少しマシな理由を書くべきです。こんなのを書くのは痴女ですよ!」

「痴女とは失礼な……」


「なんと申し上げればいいのでしょう……そうですね、あなたの書いたのは恋文ではなく官能小説、とでもいいましょうか」

「官能小説……」

「そうです。殿方に向けた崇高な恋文を、こんな下品なものにして……。恋文に失礼です」

「恋文に失礼……何それ?」

「なんて失礼な人でしょう。恋文に謝ってもらえますか!」


 採用担当者はミシェルを睨みつけた。


 隣のエレーヌが「謝れー」と野次を飛ばす。

 ミシェルは「そんなことできませんよー」とヘラヘラしている。

 採用担当者はミシェルに結論を伝える。


「とにかく、あなたは4点です。恋文を冒涜しているとはいえ、エレーヌさんよりは恋愛要素が入っていたので、1点加点しました」

「そう……ですか」


 採用担当者の酷評に肩を落とすミシェル。

 ミシェルも恋愛マスター決定戦の敗退が決定した。


 **


 採用担当者は私を見た。次は私の番だ。


「最後にマーガレットさん」

「はい!」

「頑張って書いたようですが……5点です」

「5点? そんな……私、けっこう頑張って書いたのよ」

「ええ、分かります。頑張って書いたのは分かります」

「じゃあ、なぜ?」

「長すぎます!」


 納得がいかない私に採用担当者は説明する。


「いいですか? 恋文とは相手に気持ちを伝えるためのものです」

「そうね」

「相手に気持ちを伝えるためには、相手に恋文を読んでもらわないといけません」

「もちろん、読まないと気持ちは伝わらないわ」

「これはあなたの恋文です。これ、何枚あると思いますか?」


 “バサッ”


 採用担当者は私の恋文を机の上に置いた。


「多っ!」ミシェルが失笑している。


 私が書いた恋文は100枚。ロベールへの想いを丁寧に綴ったつもりだ。


「あなたの殿方への想いが深いことは分かります。でもね、想いが重すぎるんです!」


「想いが重い……ダジャレか?」ミシェルが呟いた。


「4点のあなた、静かにしてもらえますか!」採用担当者はミシェルを注意した。


「すいません」


 採用担当者は説明を続ける。


「こんな恋文をもらったら、殿方はどう思うでしょうか?」

「嬉しいに決まってるわ!」


 採用担当者は困った顔をした。私は間違ったことを言ったのだろうか?


「残念です。あなたは殿方との出会いから、二人のやり取りを詳細に記述しています。多分、殿方が忘れているような些細な出来事もあるでしょう」

「そうかもしれないわね」


「マーガレットさん、冷静に考えて下さい。あなたは、殿方があなたに好意をもっていない可能性を想定していますか?」

「私に好意をもっていない? そんなことないと思いますけど」

「実際に好意をもっているかどうかは重要ではありません。そういう可能性です」

「私に好意をもっていない可能性……」


「あなたは殿方の毎日の行動を細部にわたって書いています。でもね、殿方があなたに好意がない場合、これはストーカー行為に該当します」

「私がストーカー?」


 私には採用担当者の言葉の意味が理解できない。そんな私に採用担当者は丁寧に説明する。


「例えを変えましょう。もし、あなたの同意なく、男性があなたの手を触ったらどう思います?」

「相手によるわね。好意がない相手だったら『気持ちわるいなー』と思うわね」

「そうです。その場合はセクハラですよね?」

「セクハラだね」

「逆に好意がある相手だったらどうですか?」

「嬉しいです!」


「つまり、セクハラとスキンシップは紙一重なのです。セクハラに該当するかどうかは、相手の気持ち次第なのです」

「セクハラとスキンシップは紙一重……」


「同じく、ストーカーも紙一重です。殿方があなたに好意があれば『僕のことを見てくれているんだ!』と喜んでくれるでしょう。でも、そうではない場合『ストーカー女に付きまとわれている』としか思ってもらえません」

「はあ……」


「それと、最後の箇所。あれだけ長い前置きがあるにも関わらず、『好き!』の一言で愛を伝えようとする違和感。最後の最後で手を抜きましたね」

「まぁ……時間がなくて」


「というわけで、マーガレットさんの恋文は長くて殿方に負担をかけること、ストーカー行為に該当する可能性があること、これらを考慮して5点としました」

「ぐぬぅぅぅぅ……」


 採用担当者は私から視線をミシェルとエレーヌに移した。


「書類審査の結果、お三方については不採用とさせていただくことになりました。ご足労をお掛けしたのに、いい返事ができずに申し訳ありません」


 こうして、私たちは不採用となった。



 ***


「ぬぉぉぉぉぉーーーー!」


 私の恋文は5点。


 私たちの恋文は、100点満点中、5点、4点と3点……恋愛マスターには程遠い。


 そして、潜入捜査に失敗した私たち。ホテルに戻った私たちはアジトに潜入する方法を考えることにした。


「結局、誰も恋愛マスターにはなれませんでしたね」ミシェルが残念そうに呟く。


 点数は3点、4点、5点だったけど、最高得点は私だ。上下関係はハッキリさせておかないといけない。


「敢えて言えば、私が最高得点だった。だから、恋愛マスターに一番近いのは私」


「そんなの誤差ですよ。それに、私の恋文は便箋2枚なのに、お嬢様は100枚でしょ」

「枚数は関係ないでしょ?」

「いえ、関係あります。私は恋文1枚あたり2点。お嬢様は恋文1枚あたり0.05点です。タイパ(タムパ)が悪すぎる」


 ここぞとばかりにエレーヌも参戦する。


「そうだ! 私は便箋1枚だったから、恋文1枚あたり3点。私のタイパが一番いい。タイパだったら私の勝利よ」


「果たし状書いたお姉は最下位だよ。お嬢様のストーカー行為も犯罪みたいなもんだけど」


「何よーーー! あんたは官能小説でしょ!」


 不採用となった私の怒りは収まらない。


「面倒くさいから、アジト破壊するか……」

「なんでそういう発想になるんです? 詐欺の証拠無くなりますよ」

「詐欺集団を全滅させれば詐欺できないでしょ!」

「アジトにいるのは一般人ですよ。一般人を攻撃してどうするんですか?」


「じゃあ、人がいない間に建物を焼き尽くす!」

「場所変えて詐欺するだけですよ」


 ――うーん、いい案が思いつかない


 別の潜入方法を考えないといけないな。

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