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26. かそうされた激情②

 失敗したな、とアリアは呑気に思う。

 ここ最近、すっかりグレッグとの稽古で心身をボロボロにしていたため、呼び出しと聞き、またグレッグが緊急と称して現れたのか、はたまた彼のファンの呼び出しか、それとも剣術講師がいよいよグレッグとの稽古内容を聞き出しすために呼び出したのかと考え、何も考えずに呼び出し場所に来てしまった。

 指定の場所に足を運ぶなか、人気がなくなるに従い、頭の片隅で呼び出した人はもしやディーノ殿下ではないかと考えたが、まさか大穴のスコットだとは想像もしていない。

 何せ、今の彼はレーヴェルシュ嬢の犬と揶揄されており、彼が追いかけている存在がいない場所に、一人で現れるとは誰も思わないからだ。

 令嬢に手綱を引かれた男の側には、可愛らしいストロベリーブロンドの女性がいなければならないのに。


 彼は、一人でここにいる。

 レーヴェルシュ嬢が決して立ち寄らない場所に。

 アリアを呼び出し、何かを話すために。


 スコットはアリアの到着前から待っており、なぜか顔を合わせた瞬間に不機嫌を全面に押し出した表情を見せつけている。

 あからさまに怒っていますという顔をされたところで、スコットがどうしてそういう顔をしているのか見当がつかない。


 アリアとレーヴェルシュ嬢と間で何か問題が起きていたのなら、スコットの登場に違和感はなかった。

 しかし、レーヴェルシュ嬢とは春のお茶会以降、時折校内で顔を合わせる程度で、ここ最近のアリアはグレッグに構われ彼女の調査すらできていない。

 すっかり目的から道が逸れている気がしてならないが、ノクラウトが剣術大会に出ることを推奨しているため、雇い主の意向にアリアは寄り添っている状況だ。

 今のレーヴェルシュ嬢とアリアは顔見知り程度の仲だ。それ以上でもそれ以下にもなっていない。


 ただ、彼女はノクラウトのことを気にしているらしく、彼が一人になったタイミングを見計らい現れる。

 けれど会ったところで可愛いドレスが売っている店があるとか、美味しいスイーツのお店があるとか、一切実のある会話はなく、以前と変わらずベタベタとくっつく令嬢らしくない振る舞いは健在らしい。

 度々、我慢しきれなくなったノクラウトから愚痴を聞かされているため、彼女の非常識さはアリアも認知している。


 そういう風にノクラウトに接する彼女だが、依然として本命はディーノのままだ。

 彼女は誰よりもディーノを優先している。

 当然、スコットの前でも。

 だから、どうしてスコットに呼出されたのかアリアには全くわからなかった。

 ディーノに対し思うところはあるだろうけど、ノクラウトやアリアはレーヴェルシュ嬢との関わりが薄い。彼女の犬は可愛らしい飼い主に尻尾を振ることに、さぞや多忙だろうに。

 なぜか今。一人、アリアの前にいる。



「お前、親父に教えを受けているらしいな」

「そうですね」



 問いかけには素直に返す。

 アリアがグレッグに鍛えられていることは、学園内で周知の事実だ。否定する謂れもない。

 その問いに素直に答えただけでスコットは明らかに怒りの色を強くし、さらに眼力鋭くアリアを睨みつける。

 なにやら怒っているようだが、なぜ彼がそのような表情をするのか彼女はますます分からなくなる。


 本音は隠しているが、嘘はついていない。

 無駄に敵意を向けられ、なぜ? と、アリアは考え込む。


 彼が不機嫌な理由を強いて挙げるとすれば、身内がレーヴェルシュ嬢の属する新興貴族ではなく、古格貴族に属するノクラウトに協力していることが面白くないのだろうかと考察する。

 それならまあ、理解できる。

 彼女の犬と揶揄される男は、飼い主が馬鹿にされるとすぐにキレるともっぱら評判だ。



「どうして親父がお前を教えているんだ!?」

「どうしてって、えーと、同じ古格貴族だからでしょうか?」

「そんな理由で親父が教えるはずがない。あの人は立場に興味なんか欠片もないんだ!」

(さすがに父親の考え方は理解(わか)っているのか、かといって……)



 あなたをぶちのめすためです。

 と、さすがに面と向かっては言えない。


 オブラートに包んだ言葉を頭の中で探すけれど、いかんせん結果はスコットを倒すためというものになる。

 かといって、騎士団のトップに師事を受けているのだからいい加減な理由をでっちあげることも難しい。


 スコットの後ろにはディーノがいる。

 そして、レーヴェルシュ嬢も。

 その背後に誰がいるのかは、目下捜査中だ。

 だからこそ、アリアは滅多なことが言えない。


 いい加減なことを伝えた後、面倒事が起きればノクラウトの責任になる。だから、アリアは頭の中で適切な言動を考えることしかできない。


 彼女も春のお茶会の一件で多少反省を覚えた。

 ノクラウトに説教され、心配され、後日、シルヴィオからも便箋五枚の手紙が届いた。ノエルも心配していると文面には文字が刻まれており、罪悪感に反省した記憶はまだ新しい。

 ある意味、フィルディナントにも悪いことを言ってしまったと後悔し、感情任せの言動を慎むように心がけている。


 だが貴族の回りくどい言い回しはどうにも慣れない。

 身近な貴族が開けっぴろげなノクラウトのため、その辺りは平民感覚のままだ。

 そのため、受け流すことは簡単だが、自分で発言するとなるとどう言えばいいのか未だに惑う。


 その上、今回は相手が悪い。

 スコットはアリアの想像以上に短気なのか、僅かな沈黙も許さないと言わんばかりに睨みつける。

 沈黙に苛立つ彼の手は白むほど力強く握られ、拳の形になる。今にも殴りかかってきそうな男を見て、アリアは見た目は似ているけれど中身はまるでグレッグに似ていないなと考え、口を開いた。



「ノイマーン閣下から言われたのです、お前に稽古をつけると」

「っ、どうして?!」

「剣術大会で勝つためです」

「ふざけるな!!」



 悲壮感すら感じられる慟哭にアリアは眉を顰める。

 この場に人気がないとはいえ、今は休憩時間だ。校内には当然多くの学生が在籍しており、講師陣も大勢いる。だと言うのに、彼はそれに気づいていないのか、アリアに詰め寄る。



「勝つためだと!? ノクラウト殿下が親父に依頼したのか……っ! 剣術大会で万が一にも武功を立てたところで、婚外子というお前の卑しい生まれは変わらない!」

「武功? そんな面倒なこと考えていませんよ。自分の生まれはスコット殿の仰る通り、周知されていますから改善も何もないですし。そもそもグレッグ閣下から言い出されたので、自分や殿下は大会に出るつもりもありませんでした」

「は……?」

「入学したての人間と騎士科にいる学生。実力差があるのに勝てるはずないじゃないですか。閣下の我儘がなければ予選もサボっていました」



 信じられないと言わんばかりに目を見開くスコットにアリアはため息を吐く。

 騎士一辺倒の人間はどうにも理解し難いらしいが、騎士に興味のない人間や、適性のない人間は剣術大会に欠片も興味がない。特に文官志望の令息や争いごとを嫌う令息はどうでもいい、無くても構わない行事とすら思っている。


 彼らに比べると、むしろ令嬢の方が剣術大会に興味を抱いている。

 婿の決まっていない令嬢は騎士の腕前を見て婿候補の選別をしたり、自領に囲い込めないか考える。

 姉妹がいる人間も同様だ。

 騎士としての実力があれば、次男だろうと三男だろうと爵位がなくともそれなりの暮らしができる。いっそ、貧乏貴族よりも安泰した生活が送ることができる。

 そういう意味では、彼女たちは誰より真剣に剣術大会を見学する。

 アリアや文官志望の令息たちの方が、よほど剣術大会に興味がないと言えるだろう。


 元々、グレッグが現れる前まで、アリアは文官志望の令息と同じスタンスで剣術の講義を受けていた。

 ノクラウトの護衛として一定の実力を見せつけつつ、向かって来る者がいたからこそ真面目に模擬戦は受けていたが、それも向かってくる者がいなくなれば自ら進んで参加しない。

 そのサボりの結果、皮肉にもグレッグと鉢合わせてしまったが。出会いがなければ、まず自ら進んで剣術大会で勝つために励もうとは思わなかった。


 スコットから見ると、稽古をつける人間としては納得できない人選だ。

 今年入学したばかりの第二王子の見慣れない側近。分厚い眼鏡をかけた小柄な人間。

 イースノイシュ家の悪評の元となった婚外子で、春のお茶会ではフィルディナントと問題を起こした、気に食わない人間。

 これでノクラウトが我儘を発し、グレッグに問答無用で稽古をつけさせたのなら理解できた。

 しかし、本来は大会にも出たくなかったと言い放つアリアに、スコットは怒りの表情を消し、純粋に問いかける。



「どうしてお前みたいなやつに、親父は稽古をつけているんだ」

「……そもそも、なぜ自分に尋ねるのですか。閣下に直接尋ねたら良いではないですか」

「それは」

「閣下は確かに剣術バカで猪突猛進な人ですけど、真摯な人間を蔑ろにする方ではないでしょう」



 呼び出され、尋問のようなことをされ、アリアも思わず本音を吐露する。

 眼前の男にはアリアの言葉が刺さったはずだ。


 ――真摯な人間は蔑ろにしない。

 目の前にいる男は、真摯な人間ではなかった。


 婚約者を蔑ろにし、剣術だけではなく武術の講義もサボって合間の時間にレーヴェルシュ嬢に会いに行く。

 そういう人間だからこそグレッグはスコットを見限り、彼の前に立ち塞がる障害としてアリアを用意しようとしている。

 眼前の青年はアリアの嫌味の真意を察したのだろう。彼女の言葉に唇を噛み締め、先ほどよりも一層強く拳を作る。



「……差し出がましいですが、剣術大会も良いですけど、講義に出て生活態度を改めたら良いのではないでしょうか。そうするとグレッグ閣下も稽古を、」

「お前に、何がわかる」



 俯いた男が抑揚のない声を発する。

 握りしめた拳は微かに震え、彼の感情を晒しめる。



「何がと言われましても……」

「俺は今の今までたった一度も、親父から指南を受けたことはない」

「――……」

「真摯な人間を蔑ろにしない? お前は知らないから言えるんだ。あの男こそ、家庭に対し真摯じゃなかったくせに」



『グレッグは遠征任務が多いから、家にいた時間の方が少ないんだ。スコットは末子だから尚更交流していないと思う』



 ノクラウトの言葉が頭によぎる。

 交流していないとはどの程度のものなのか、あの時のアリアはグレッグの登場に驚いたり、剣術大会に出ろという無茶振りで追求できていなかった。

 しかし、目の前で怒りを滲ませるスコットを見て、どうして彼がアリアとグレッグの稽古を気にかけるのかようやく気づく。


 この男は、スコットは。

 誰よりも父親に憧憬を抱き、誰よりも憎悪している。

 名声も名誉も喝采も浴び続けた男は息子と――普通の家族として接することができなかった。


 騎士の仕事に人生を費やした男は、騎士としては立派な偉業をいくつも挙げてきたけれど、家庭人としては最低だったのだろうとアリアは悟る。

 その男が、息子を叩きのめすために用意した人材がアリアだ。

 今まで接する機会のなかった父親が、敵として立ち塞がる。そのうえ、教えを乞うている人間は平然と大会に出るつもりがなかったと、やる気のない言葉を発する。

 今更、自分の言葉が悉くスコットの地雷を踏み抜いていたことを知り、アリアはまずいと気づく。


 レーヴェルシュ嬢絡みのスコットの行動は最低なものだが、グレッグも父親として最悪だ。

 彼らの親子喧嘩に、知らず知らずのうちにアリアは巻き込まれていた。


 この状況は、アリアにとって不本意極まりないものとなる。

 何せ、勝てたらいいなと思っていただけの試合が、絶対に負けられない試合に変貌してしまう。

 


「スコット殿。自分が言うのは烏滸がましいですが、グレッグ閣下と一度ちゃんと話し合いをしてみてはいかがでしょうか」

「本当に烏滸がましいな。親父が俺と話すとでも?」

(あー……ダメだ、これは。拗れきってる)



 アリアに嫉妬を向けながら、その実、父親を深く拒絶する。

 スコット・ノイマーンは父親と同じオパールの瞳を歪めながら、憎悪の感情をたっぷりと込めた低い音でアリアに因縁を叩きつけた。

 夏の暑い空の下、冷ややかな眼差しが刃の切先の如くアリアを射抜く。



「アリア・イースノイシュ。絶対に決勝まで勝ち上がってこい。親父に鍛えられたお前を倒すことで、俺は親父を打ち倒す」



 騎士科全ての人間の頂点に立つ男からの挑戦状に、アリアはただただ呆然とするしかなかった。

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